前提を変える――『生命式』(2)

「生命式」の主人公、池谷真保は会社の喫煙室で、山本という39歳の男性とよく話す。山本は小太りで、気のいい同僚である。
 
池谷真保は、大っぴらに人肉を食べるという「生命式」に、かすかな違和感があり、それを山本に吐露する。
 
すると山本は、あまり神経質にならない方がいいと言う。
 
その山本が、車に轢かれて死んだ。
 
池谷真保は、行きがかり上、山本の「生命式」の準備を手伝うことになる。

「皆の満面の笑みを見て、何となく私は得意だった。山本は、こういう皆の笑顔が見たいという奴だったのだ。こういう温かい空間を、自分の生命式で作りだしたいと願うような、そんな人柄だったのだ。」
 
文章中で、生命式を「こういう温かい空間」と、しれっと書くところが、この作者の図太いというか、何とも言えない常人とは違うところだろう(ちょっと頭がおかしいと言えばおかしいか)。
 
それはともかく、まず鍋だ。ダシの沁み込んだ「山本の団子」は、柚子の果汁と、大根おろしの食感とともに、「ふはふは」と口を動かすと、何とも言えない味がする。

「肉の旨味と出汁の味がまざりあって、舌の上で溶けていく。肉団子にからんだ少し辛い大根おろしが、なんとも言えないアクセントになって、肉の味を引き立てている。」
 
こういうところが、かなり不気味であり、またしいて言えば、可笑しくもある。

「今度は山本の塩角煮に箸を伸ばした。角煮にはぎゅっと旨味が詰まっている。少し濃厚な人肉の味に、柚子こしょうがよく合う。ちょっとだけ獣っぽさのある味が、薬味で上品に調えられ、白いご飯が欲しくなる。少しだけ筋のある、歯ごたえのある肉の部分と、ぷるりとした脂肪の部分が嚙めば嚙むほど深い味を醸し出す。」
 
人肉を食べるのを、ここまで上手に書ける人は珍しいだろう。村田沙耶香は明らかに、おいしく味わって、これを書いている。

「山本を愛していた人たちが山本を食べて、山本の命をエネルギーに、新しい命を作りに行く。
『生命式』という式が初めて素晴らしく思えた。」
 
主人公は最後に、海辺で男性と会い、その男性が、トイレで瓶に採取してきた精子を受け容れる。

「波が膝までくるところまで進むと、私はジーンズをおろした。瓶から白い液体を掬いとって、ゆっくりと身体のなかに差し込んだ。
 指先から精液がこぼれおちていく。」
 
女と男の交情は全然ないけれど、これはこれで、ひとつのクライマックスを形成している。
 
好き嫌いはあるだろうけれど、これが新しい、未知の領域を切り開いていることは、間違いない。

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