「酔眼方向への正しい歩み方」――『自選 ニッポン居酒屋放浪記』(2)

とはいっても、文章上の押し引きが、えも言われぬほどうまいとなると、短い文章では無理である。
 
ここでは、もう少し砕けた、分かりやすい例を引く。
 
横浜はホテル・ニューグランドに宿をとった夏の暑い日、焼き鳥「若竹」の簾のスイングドアを押し、カウンターに腰を下ろす。冷房はなく、もうもうたる煙が充満し、奥はよく見えないがどうやら満員だ。

「店の中は爆発的に暑く、座ると背腹に汗がどっと流れ、すぐさま置かれた団扇の一本をとった。……目の前で必死にトリを焼く親父が団扇をバタバタと煽ぎ煙が皆、私の方に来る。たまらずこちらも煽ぎ返し両方で競争のようになった。」
 
うーん、この原初的なドタバタ感がたまりません。

「『だからお父さん換気扇触るなって言ったでしょ』金切声がひびく。『うるさい!』この忙しいのにと親父は意固地になってるのがおかしい。どうやら換気扇が壊れたようだ。たまらなく暑苦しく、まるで火事場で焼鳥食べてるみたいだ」。

「火事場で焼鳥」というところが、何とも面白い。しかもこの焼鳥は、ものすごくうまいのだ。

「焼きたての手羽先はウズラ卵の入る大根おろしがつき、とてもうまい。冷たいビールをングングと飲み干し店をとび出した。
『うひゃーたまらん』
 煙攻めから逃がれ、両手でわが身をあおぎ振返ると、煙の中に人がぎっしり詰まり酒を飲むすごい眺めだ。」
 
私には焼鳥屋の、ある夏の日の情景を、こんなふうに書けるということが、凄いと思われる。

巻末の「解説」はみな優れているが、ここでは椎名誠のそれを取り上げる。
 
椎名誠とその御一党さんは、ビールに始まり、あとは酒盛りを繰り広げられればいいというので、酒がそこにあるからとにかく喉にぶっこめ、という飲み方をしてきた。
 
ところがそこに太田和彦が、いつの頃からか参入してくる。

「ふと気がつくとなんだか静かな男が一人、一座の端っこの方でひっそりとした微笑みなど浮かべながらさり気なく盃を口許に運んでいるのだ。ひと口飲むたびに、おおなんということだ、この人はそれをしみじみ味わっているように見える。」
 
途中で入る合いの手の「おおなんと……」が、絶妙の間合いだ。

「太田和彦の出現は、我等が酒呑み仲間の間にしずかな動揺とおののきと畏敬の念を走らせた。
『おお、あの人は酒を味わって飲んでいるぞ』
『しかもそれが表情に出ているではないか』
『あくまでも落ち着いているぞ』
『あ、こっちを見たぞ』」
 
最後の、「あ、こっちを見たぞ」という一句が、さりげなくおかしい。
 
ちなみにこの表題は、椎名誠の次のところから取った。

「東京の居酒屋だけでなくあちこちの地方都市、山の中や離れ小島など太田和彦とはずいぶんいろんな所を一緒に旅した。そこでは必ず酒を飲んだが、彼にはその土地ならではの酒の飲み方、肴の吟味の仕方、酔眼方向への正しい歩み方などといったことを沢山教えてもらった。」
 
つまり太田和彦という人は椎名誠に、酒のこだわった飲み方を、指南した人なのである。
 
それゆえ椎名誠は太田和彦を、酒飲み仲間の師範代のような人と見ている。それはちょうど、利根の河原を行く平手酒造(ひらてみき)を、見つめているようなのである。

(『自選 ニッポン居酒屋放浪記』太田和彦、新潮文庫、2010年5月1日初刷)

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