書物快楽主義者の幸福な伝記――『龍彦親王航海記ー澁澤龍彦伝ー』(4)

1968年11月1日の奥付で、澁澤龍彦編集『血と薔薇』が出た。部数1万1000部、定価は1000円、主な特集は「男の死」と「吸血鬼」である。
 
前の年に出た澁澤の単行本、『サド研究』が490円、『エロティシズム』が480円だから、『血と薔薇』がどれほど高いかが分かる。
 
この雑誌は、第2号が「フェテイシズム」、第3号が「愛の思想」で、澁澤が編集したのはそこまでだった。文字通り3号雑誌である。
 
私はこういう雑誌は、好きではない。というか、そもそもたいがいの雑誌は、あまり好きではない。書店で見て横目で通り過ぎることにしているが、澁澤が特集のテーマを決め、隅々まで目を配った目次は、見ておきたい。
 
澁澤サークルをめぐる人々は、どんな人たちだったのか。

「『血と薔薇』の目次を見ると、まず気がつくのは、この時代の澁澤サークルの面々が軒並み勢ぞろいしていることである。書き手として、三島由紀夫、種村季弘、松山俊太郎をはじめ、加藤郁乎、堂本正樹、高橋睦郎、出口裕弘、巖谷國士がおり、美術や写真やモデルには、金子國義、野中ユリ、池田満寿夫、横尾忠則、細江英公、土方巽、唐十郎がいる。これら、〈呑み会常連メンバー〉以外でも、稲垣足穂、埴谷雄高、吉行淳之介、吉岡実といった、澁澤との交友が以前から深かった年配者たちの名前を見ることができる。」
 
澁澤の伝記の大きな柱が、こういう人たちとの深い交流なのだ。それがメインの伝記だといえば、どういうものか、概略お分かりいただけるだろう。
 
私もこの中で、付き合いのある人が、少数だが、何人かいる。しかしそれを書き出せば、話は横道へそれていってしまうだろう。
 
ただ一人、金子國義氏のことは書いておきたい。

ある晩、12時を過ぎたころ、金子さんは、5,6人の若い人たち、いわば「お小姓さん」を連れて、白いスーツで、神保町の小さなバーに現われた。

かなり酔っていて、私も同じように酔っていたので、初めてではあったが、すぐに仲良くなった。
 
お互い、何曲かカラオケで歌ったころに、私は、仏文でバタイユをやりました、と告げた。

金子さんは、一瞬覚醒したように見えた。それで私は、角川文庫のバタイユの『マダム・エドワルダ』の装幀と挿画は、素晴らしいと申し上げた。
 
金子さんは笑いながら、こんなところでよせよ、という具合に、顔の正面で手を振り、私ももちろん、それ以上言う気はなかった。
 
しかしそれから後、金子さんはカラオケで歌いながら、じっと体を寄せかけてきて、しばらくの間そうしていた。
 
それから数年たって、金子國義氏は病気で亡くなった。私はその新聞記事を読みながら、ただ一度、神保町の小さなバーで出会ったことを、何ものかに感謝したい気になった。

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