書物快楽主義者の幸福な伝記――『龍彦親王航海記ー澁澤龍彦伝ー』(1)

著者の磯崎純一は編集者。最晩年の澁澤龍彦に会い、澁澤が亡くなった後、『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』(国書刊行会)を編纂している。

「あとがき」にいわく、この伝記は、「澁澤龍彦の生涯と作品について書かれ、語られた膨大な文章(もちろんそこには澁澤本人のものがもっとも多い)に、あたうかぎり目を通し、それらを選択して、編集配列することにより成った『伝記』である。」
 
だから非常に明晰で、分かりやすい。

「〔著者の〕役目は〈福音史家〉なのだから、福音史家がみずから朗々と歌う愚は厳につつしんだつもりであるし、いわんや、ロマネスクな想像力などといったものは、本書の叙述にはいっさいもちいられていない。」
 
そういうわけで、この伝記は、周囲の人の織りなす言葉を一次資料とし、それを著者が、切り張りしたものだと言える。もちろん、著者が直接、澁澤に会ったときの話も混じっている。
 
でもとりあえず、著者が朗々と歌わず、一切のロマネスクな情熱を禁じているのであれば、あとはひたすら、外側からの証言をもって、外壁を固めることになるわけだ。

しかしそうすると、澁澤龍彦の文学とは何であったか、という内側からの理解が、じつはよく分からなくなる。
 
私は1972年に大学に入り、その年と次の年に、澁澤龍彦をかなり読んだ。2年後に、仏文に行こうと思っていたのだ。

しかしその内容は、ほとんど忘れてしまった。

もちろん本そのものは覚えている。特に桃源社の本などは、装幀がありありと浮んでくる。しかし内容は、きれいさっぱり忘れてしまった。
 
だから、澁澤文学の内容に、相渡ることのないこの伝記は、初めはちょっと退屈だった。
 
しかし全部を読み通してみると、自分でも意外なことに、ずしんと深奥に来るものがある。深く感動しているのだ。
 
著者が、ロマネスクな想像力を駆使しないことが、意外やこういう効果をもたらしたのである。
 
正面切っての伝記なので、読んでいただくしかないのだが、それでもところどころ、強く印象に残るところがある。
 
澁澤は東大仏文に入る前に、鎌倉に住んでいた今日出海から、フランス語の翻訳の下請け仕事をもらっている。澁澤の母の節子が、今夫人と友人だったらしい。
 
それはジョルジュ・シムノンの推理小説、『霧の港』だった。

「翻訳が完成して得意顔で原稿を持って行くと、今日出海はパラパラ原稿用紙をめくってから、『なんだい、こりゃ。わけが分からん。きみ、シュールレアリスムのつもりで訳しちゃ困るよ。一般読者に分からなければだめだよ』と苦笑を浮かべて言った。
『のちに翻訳をたくさんやるようになった私だが、このときの今さんのことばはいつも自戒のことばとして私の耳にひびいている』と、澁澤は述べている。」
 
翻訳名人の澁澤にして、先人の直接の教えのあったことが、ほほえましい。

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