腹にガツンと一撃――『最後の秘境 東京藝大ー天才たちのカオスな日常ー』(4)

彫金に出てくる「鏨」は「たがね」、そう言われれば納得したような気にはなるが、でも現物に当たって見なければ、よく分からない。
 
第8章では、器楽科の四人がインタビューを受ける。そのなかで「器楽科打楽器専攻」の、沓名(くつな)大地さんが可笑しい。
 
打楽器は、アイデア次第で何でもありだという。

「ティンパニという太鼓を、バチではなくマラカスで叩くとか、ティンパニの上にタンバリンを載せて演奏するとか。『ここで打楽器奏者が踊る』って、大真面目に書かれてる楽譜もあります」。
 
これは大変だ。著者は、「なんて自由なんだ」と感動しているけれど、最後の「打楽器奏者が踊る」は、その音色とは関係ないんじゃないか。

「曲の最後に、打楽器奏者がティンパニの鼓面を叩き割って、上半身を突っ込むっていう楽譜もありますからね。」
 
うーむ、そもそもそれは楽譜だろうか。

「自由でいいんですけど……変なことは打楽器奏者にやらせとけばいい、みたいなイメージがついちゃうのも、ちょっと困りますねえ」。
 
これはもう、言葉がありません。もちろん沓名さんが、ヘンだということはない。

「先生の演奏を聴いていると、本当に、涙が出てくるほど感動するんですよ。打楽器だけの演奏で、ですよ? どこまで音を突き詰めるか、どこで妥協してしまうのか……自分との戦いで、人生に通じるところがあります」。
 
ふーん、そういうものなんだねえ。
 
第9章は、立花清美(絵画科油画専攻)と井口理(さとる)(声楽科)。ここは、立花清美がブッ飛んでいて、おかしい。
 
藝大の構内を歩いていると、仮面ヒーロー、「ブラジャー・ウーマン」に出くわす。これが美貌の立花清美さんだ。

「ブラジャーを仮面のように顔につけ、唇と爪は赤く彩られ、上半身はトップレス。乳首の部分だけ赤いハートマークで隠し、その上にピンクのパンツをはいている」。
 
これが藝大の外であれば、職務質問まちがいなしだ。
 
正義のヒーロー、ブラジャー・ウーマンは、悪の組織、ランジェリー軍団と日々戦っている。特にその大将である、Tバック・ウーマンと死闘を繰り広げている。
 
もちろんこれは、自分と戦い、自分の芸術を、とことんまで問い詰めた結果なのだ。そこはちょっと、僕にはうまく要約できないが。
 
ブラジャー・ウーマンこと立花清美さんは言う。

「みんな好き勝手してるんですけど、ちゃんとルールは守ってるんです」。
 
それでブラジャー・ウーマンかい!
 
だいたい油画は、藝大でいちばん自由なのだ。

「絵画科油画専攻の大きな特徴の一つとして、油絵を描かなくてもいいという点がある。嘘みたいだが本当だ。油画専攻の展示などを見に行くと、油絵以外の展示物があまりに多くて驚いてしまう。」
 
これは教える方の問題だろう。著者には、教師の側のインタビューもしてほしい。

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