腹にガツンと一撃――『最後の秘境 東京藝大ー天才たちのカオスな日常ー』(3)

ほかのお二人は、工芸科漆芸専攻。漆芸は「うるしげい」ではなく、「しつげい」と読む。知ってました? 僕は知らなかったよ。
 
その漆芸専攻の大変なところ、すごいところは、本文を読んでいただくことにして、面白いところを見ていこう。
 
語るのは大崎風実さん。

漆と言えば、そう、かぶれる。漆芸専攻では、「かぶれは友達」だという。

「工芸科って年に一回バレーボール大会をやるんですよ。そこでも、漆芸専攻がトスしたボールで、他の専攻の人がかぶれちゃったりしますから。教室でも、あんまり近くに座んないでって言われたりとか。迫害されてます」。
 
しかし、どれほど嫌われようとも、大崎さんは、漆芸の無限の可能性に魅せられているのだ。

「なんと一度固まった漆は、酸でもアルカリでも温度変化でも、ほとんど劣化しないという。そのため、縄文時代の漆製品がほぼそのままの姿で出土したりするそうだ。使っていた人がとっくの昔に死んでいても、何千年も残り続ける漆製品……ロマンである。
『やっぱり、宇宙の果てから生まれてきた物体ですよね』
 大崎さんは、しみじみと言うのだった。」
 
漆が、宇宙の果てからやってきて、一人の少女を魅了する。そういうことの方が、僕には奇跡のように思える。
 
第7章では、工芸科の3人、山田高央(たかお)(鍛金専攻)、岩上満里奈(彫金専攻)、城山みなみ(鋳金専攻)が登場する。

それぞれ専攻の違いを答えよ、と言われたら、答えられるだろうか。
 
その前に、藝大の工芸科は、基礎課程と選考過程に分かれ、2年の夏までは基礎課程で、全専攻にかかわる授業が行われる。

そこから先は、1つを選んで専攻する。専攻の数は6つ、陶芸、染織、漆芸、鍛金、彫金、鋳金である。
 
このうち、後半の「金三兄弟」、すなわち鍛金(たんきん)、彫金(ちょうきん)、鋳金(ちゅうきん)が、よく分からない。
 
最初に言っておくと、これらはすべて、金属加工の技術である。そして、日本の金属加工技術は、基本的にこの3つに分類される。

「鍛金は簡単に言うなら、鍛冶屋だそうだ。金槌を持ち、金床があり、金属を叩いたり、切断したり、あるいは熱してくっつけたりして、望んだ形に変える。」
 
ということなのだが、他の2つとの違いはどうか。

「彫金は、主に装飾品や飾り金具を作る技術だそうだ。金属をねじって曲げ、磨いてピアスにしたり、鏨という鋼鉄でできた鉛筆型の器具で金属板に複雑な模様を彫り上げたりする。」
 
もひとつよくわからんが、「村の鍛冶屋」の鍛金にくらべると、彫金の方が、ずっと細かくて、場合によっては、プラチナなど貴金属を使うので、高級な感じがする。
 
途中、「鏨」という言葉が出てくるが、読み方も意味も全然分からない。あとで、漢和辞典で見てみよう。
 
最後の鋳金は、1人ではできない作業だという。チームワークが必要になるのだ。

「鋳金は、型を使って金属を加工する技術である。例えば壺なら壺の鋳型を作り、そこに溶かした金属を注ぎ込む。冷えてから型を取り除くと、金属の壺のできあがりというわけだ。」
 
もちろん大きな壺の中で、1000度とかで溶かしてゆくのは、ちょっと想像を超える。
 
だいたいこれで、「金三兄弟」の違いが、おぼろげに分かった。というか、分かったことにしておこう。
 
それで、ここに出てくる3人の学生が、燃えるような情熱をもって、金属の制作に励んでいるかというと、そんなこともない。
 
ただ自然に惹きつけられて、気がつくと、金属制作をしているのだという。

「鍛金の自由の女神像、彫金の日本刀の龍、鋳金の大仏……」
 
モノ作りは、人生そのものだから、そういうものを夢見て、今日も制作に励んでいるのだ。
 
すごく感動したけど、でもやっぱり、よくわからんぞ。

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