腹にガツンと一撃――『最後の秘境 東京藝大ー天才たちのカオスな日常ー』(1)

「こりゃ、面白いぞ」、と書店で見たときは心が躍った。
 
なにしろこのタイトルで、オビの背は「話題沸騰!/品切点続出(涙)」とあり、オビの表には、「謎に満ちた/『芸術界の東大』に潜入した/前人未到、捧腹絶倒の探検記。」とあって、さらにそこにフキダシを付けて、「卒業後は/行方不明者多数?」。これは、期待しない方が無理というものだ。
 
書き出しは、こんなふうである。

「僕の妻は藝大生である。
 一方の僕は作家で、よくホラー小説やエンタメ小説を書いている。」
 
妻に聞いてみると、藝大はひどく面白いらしい。そういういうわけで、東京藝大に潜入した。
 
ちなみに僕は、著者である二宮敦人の書くものは、『郵便配達人 花木瞳子が顧みる』以下、タイトルすら一つも聞いたことがない。
 
でも最初に言っておくと、このノンフィクション潜入記は、ものすごく面白い。その面白さは、軽薄な笑いではなく、腹にガツンとくる面白さだ。
 
外側の装幀を、いかにも軽薄に、面白そうに工夫した上で、本当の面白さを追求し、実現する。この編集者は、プロである。
 
東京藝大は美術学部と音楽学部に分かれている。それぞれ「美校」と「音校」と呼ばれているが、生徒の性質(たち)は相当に違う。
 
しかしまず問題は、奇妙奇天烈な入試である。
 
藝大の入試は、「音校」なら演奏技術、「美校」ならデッサン力などは、できて当たり前、なぜなら本人の努力で、何とかなる次元のことだから。

「藝大が求めているのは、それを踏まえたうえでの何か、才能としか表現できない何かを持った学生だ。」
 
そういうことで、試験管を唸らせるのは、ひどく難しい。
 
たとえば音楽環境創造科には、「自己表現」という科目がある。なんでもいいから自己表現しろ、という入試問題だ。

「『私の友達は、ホルンで四コマ漫画をやったわ』
『えっ、どういうこと?』
『四コマ漫画を画用紙に書いて、持ち込んだの。それで一枚ずつめくりながら、ホルンで台詞の部分を吹いたんだって。台詞っぽく聞えるようにね』
『……その人はどうなったの?』
『合格したわ』」
 
うーん、これは難物だ。正解のない入試、こんなことがあるんだねえ。

「『こんな課題もあったって聞いた。鉛筆、消しゴム、紙を与えられてね、好きなことをしなさいって言われるの』
『それは何となくアートっぽいね』
『うん。私の友達は、黙々と鉛筆の芯を削り出した。それからその芯を細かく砕いて、顔にくっつけていったの』
 雲行きが怪しくなってきたぞ。
『最後に、紙を顔に叩きつけた。パーンって。紙に黒い跡がつくでしょ。それを自画像って主張して提出したんだって』
『……その人はどうなったの』
『合格したわ』」
 
これはちょっと、僕には、言葉がない。
 
著者の感想は、ただ一行。

「たとえ思いついたとしても絶対に実行できない。」

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