篤実な評伝だが――『江藤淳は甦える』(1)

これは紛れもない労作。四六判で750頁余、四百字詰め原稿用紙でざっと1500枚。

江藤淳については、この本が基本的な資料になるだろう。

著者の平山周吉は、平成11年には、『文學界』編集長で、江藤の「幼年時代」の連載原稿の第2回目をもらった。それから4,5時間後に、江藤は、浴室で手首を切り、自殺する。
 
私は高校時代に、江藤淳の『夏目漱石』を読んだ。国語の先生が、何かの流れで、これは面白いよ、と推薦したのである。私はこの、松尾稔先生の批評眼を信頼していた。
 
読んでみると、小宮豊隆の漱石神話を、正面から木っ端微塵に粉砕していて、実に痛快だった。例の「則天去私」の「神話」である。
 
大学へ入ってからは、『漱石とその時代』(第一部)と『成熟と喪失』を読んだが、これはどうもいけなかった。しかし、なぜいけないのかは、深くは考えなかった。
 
大学のときか、出版社に入ってからか、江藤の博士論文、『漱石とアーサー王伝説』を読んだ。

これは慶應義塾大学に提出し、文学博士を取得したものだが、この本は、もっといけなかった。最後まで読むことができずに、投げた。
 
江藤淳は、これ以後、読むのをやめた。
 
今度、この本を読んだのは、推薦してくれる人があったからだ。

「君がどういうふうに読むか、そしてこの書名に対して、どういうふうに答えるのか、知りたい。」
 
そこまで見込まれては、読まずにはおられない。
 
最初にこの本の帯を読むと、なぜその後の江藤淳が、私とは合わなかったのか、わかる気がする。

「日本という国はなくなってしまうかも知れない。――「平成」の虚妄を予言し、現代文明を根底から疑った批評家の光と影。二十二歳の時、「夏目漱石論」でデビューして以来ほぼ半世紀、『成熟と喪失』『海は甦える』など常に文壇の第一線で闘い続けた軌跡を、自死の当日に会った著者が徹底的な取材により解き明かす。新事実多数。」
 
こういう姿勢で臨んでは、だめなのである。
 
いくらかでも、時代から飛び上がったところ、浮いたところがないと、そして少しでも、普遍の高みを目指さなければ、どうしようもない。私はそう思う。
 
しかし、最初の違和感は違和感として、まず読んでみよう。
 
その頃の江藤淳は、どんな具合だったか。

「慶子夫人を亡くした後の江藤さんは情緒不安定で、機嫌よく情勢判断や文壇人物月旦をしていたかと思うと、夫人のことを思い出して、急に嗚咽と滂沱の涙となる。涙がおさまると、すぐにもとの座談にけろりと戻る。」
 
ここでは著者は、ある一定の距離を保って、江藤淳のことを書こうとしている。これは希望が持てる。

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