ぱらぱらと捲っていけば――『古本市場が私の大学だったー古本屋控え帳自選集ー』(3)

この本は言ってみれば、精選コラム集なので、あっちこっちへと話が飛ぶ。

「老年文学の時代」と題する一篇は、伊藤整の老人小説についてである。

「私は『変容』を伊藤の最高傑作と再確認した。テーマは『老年の性』で、一夫一婦制からの解放をも意図している。既に妻を亡くし、六十間近の『私』は若い女とも交渉がある。一方過去の繫がりからとは言え、六十半ばの老婦人二人とも、憧れをもって近づき交わりを持つ話だ。」
 
青木正美は、「丁度この小説の執筆(「世界」に連載)時、伊藤は現在の私と同じ六十三歳」と書いている。
 
ちなみにこの章が書かれたのは、1996年9月。このとき伊藤整は、小説に登場する六十間近の「私」を、老人と考えていたのだ。
 
青木正美も1996年には、伊藤整と同じく、自分を老人と考えている。
 
それから20年ちょっと経って、いま僕は66歳だが、あまり自分が年寄りという感じはしない。「老人」という概念は、それに相当する年代が、時代によって変わってくる。しかも今は、それが劇的に変化している。
 
いずれにしても、63歳で『変容』を執筆した伊藤整は、この当時は、「老年文学の先駆的作品」を書いたのだ。
 
一夫一婦制からの解放をも意図した『変容』は、伊藤整の最高傑作であるという、青木正美の断定の仕方が面白い。一夫一婦制は、男にとって永遠の束縛なのか。

「『流れゆく日々』」の章で、石川達三の日記が挙げられている。これは『新潮』に連載されたのち、全7冊の単行書になった。全部で古書価1500円。
 
青木正美は、これは「正直さ」という点で、面白いところがあるというが、読んでみると、面白いどころではない。

「スタンダールも読み切れないが、大江健三郎も私には読み切れない。『万延元年のフットボール』など、二度読みかけて二度とも投げ出した。何を書こうとしているのか、それすらも解らないのだ。私が悪いのか、大江が悪いのか。(昭45)」

『万延元年のフットボール』を書いたころの大江健三郎を、なんだかわからんと『新潮』に書くのは、よっぽどの度胸だと思うが、このころはそんなことを、明け透けに書けたのか。それとも石川達三だけが、あまりに鈍感だったのか。あるいは石川は、何を言っても許されるという、大御所的存在だったのか。

「去る六月末ごろ保高徳蔵氏が亡くなった。(略)或る大きなパーティの席で、私は全く理不尽なからみ方をされて、途方に暮れたことがある。所詮私とは無縁の人であった。そういう人はほかにも居る。谷崎潤一郎、太宰治、志賀直哉。……(昭46)」
 
おいおい、これではほとんど、文学の世界とは無縁ではないか。

「志賀直哉氏死去。八十八歳。(略)名作と言われる『城の崎にて』を読んでみた。(略)私はやはり、ちっとも感心しなかった。(昭46)」

『城の崎にて』を、いまごろ読むのもどうかと思うが、それにしても、「小説の神様」も形無しである。

石川達三は、自分の作品については、どう思っていたのか。菊池寛と比べて論じているところがある。

「私には菊池寛に無い別のものがあるはずだ。それを読者がどう受け取ってくれるかは解らない。/いずれにせよ自分の生涯の仕事が印刷物になって残っているということは、普通の勤め人の仕事とくらべて、有難いようでもあり、また逆にそれだけ業が深いような気がする。」
 
これ自体、いい気なものだという気がしないでもない。

青木正美の最後の一行は、こうなっている。

「石川はどの作家に対するよりも、自分にだけは甘かったようだ。」

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