ぱらぱらと捲っていけば――『古本市場が私の大学だったー古本屋控え帳自選集ー』(2)

その後、「文芸列車」については、梶山李之の出していた『噂』や、昭和26年2月号の『オール讀物』が、資料として出てきた。
 
特に『オール讀物』2月号は、「文芸列車」の出発から帰着までを、口絵写真で特集していて、これを見ると、眞杉静枝も加わっている。古書価は1000円。
 
口絵写真は4頁6点あって、その最後の方のネームは、「長途の疲労から横になった久米氏を、尊敬と親愛の情をこめて眺めるファンの女性達」であったり、「小諸城阯に第一回文芸列車訪問の記念柱を建てる浜本氏とサービスガール達」という具合。
 
これを見ると、この頃の作家は芸能人も兼ねていた、と思わざるを得ない。昔は、そういう位置取りであったのか。
 
話変わって、『実業之日本』昭和8年1月1日号というのが面白い。ちなみにこのとき、『実業之日本』は月刊誌ではなく、月2回刊である。
 
新年号だから、それにふさわしい特集がある。総タイトルは「これからの成功法新研究」。昔も今も、雑誌というのは変わらないものだ。

その中に「現代オール代表百人」の特集があり、政界、財界、学界、音楽界、官界、陸海軍人、運動界、新進美術家、演劇界に混じって、「文学十人男」というのが、ゴシップ交じりの短評で紹介されている。
 
それを、ゴシップは省略して紹介すると、まず一人目は、
「朱鞘の大親分・直木三十五」、
以下順に、
「金の大好きな・浅原六朗」
「文壇人気株・菊池寛」
「大宅壮一」(ここは、青木正美はキャッチフレーズを挙げていない。大宅壮一はよほど嫌いなのか。)
「重苦しい先生・横光利一」
「チャンバラ小説技師・大佛次郎」
「当世股旅男・龍膽寺雄」
「モダン大馬鹿・林房雄」
「時の勝者・吉川英治」
 そして最後が、
「お経もいいがお布施もいい・島崎藤村」
 
この文壇十人男を読んだ感想を、青木正美はこう述べる。

「何はともあれ、文学者以外の他の各界『十人男』が、今では全く話題にもされない忘れられ方なのに、『文学十人男』は少くとも全く忘れられた人というのはいない。それどころか、この『十人男』中五人が、直木賞、菊池寛賞、大宅壮一ノンフィクション賞、吉川英治文学賞、藤村記念歴程賞と、先の『藤村神社』ならぬ賞の教祖として半ば永久に名を残している。」
 
たしかにちょっと前までは、そうだった。
 
しかしこれからは、そうは行かないのではないか、と思わざるを得ない。

「文学十人男」は、雑誌や新聞だから著名なのであって、そのほかの者と比べれば、媒体と密接に結びついている。
 
しかしそれは、昭和の世までであって、平成の、特に後半になってくると、かなり怪しくなってくる。これが令和に代われば、「文学十人男」などとんでもない、ということにならないだろうか。
 
雑誌と新聞がほとんど潰えた後は、そういうことになりそうな気がする。

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