大谷崎をどう読むか――『卍』

これは筒井康隆の『不良老人の文学論』を読んで、読みたくなったのだ。筒井康隆は、谷崎を全部読んだ上で、こんなふうに言う。

「今まで読んだ中でのぼくの一番のお気に入りはというと、これはもうはっきりと『卍』であろう。こんなに複雑な話を饒舌体でもって面白おかしく語ってしまえるというのは天才としか言いようがない。」
 
これは読まなくてはなるまい、と思うじゃないですか。
 
若い人妻、園子は、技芸学校で出会った光子と、禁断の恋に落ちる。一方、奔放な光子は、異性の綿貫とも逢引きを繰り返す。園子は、光子に対する情欲と独占欲に苛まれていく。そこへ園子の夫、柿内が絡んで、最後は園子、柿内、光子が、なんと心中するが、園子だけは生き残る。
 
筒井康隆の言う、「こんなに複雑な話を饒舌体でもって面白おかしく語ってしまえる」というのは、その通りであるが、「面白おかしく語」るというところに、筒井の、実作者としての何とも言えない複雑な保留がある。
 
仮に、現代作家が今のこととして書けば、どろどろした性は全面的に、明け透けに出てくるだろう。それなくしては、地に足がついてないと思わざるを得ない。
 
しかし谷崎が『卍』を書いたときには、これでも小説になったのだ。

『卍』は昭和3年から5年にかけて、断続的に『改造』に掲載された。この時代に性的な話が、どこまで許されるものだったかは、私には分からない。
 
また谷崎が、登場する女と男が、いずれも性的に関係があるのは、当たり前と考えていたかどうか、これも私にはわからない。
 
しかし生々しい性の側面が、描かれていないという点は、間違いないのであり、そのことを考えると、小説は「進歩」したのである、と言えるのではないか。
 
だから谷崎の『卍』は、今では読まれなくなり、それは当たり前のことだ。
 
では『卍』は、全く読むに値しない小説なのだろうか。そこは微妙である。
 
この文庫の解説は、中村光夫が書いている。その言うところを読んでみれば、

「大阪の『良家の奥さん』の『変な色気』を彼女自身の『言葉』または『声』を通して描きだそうとすること、ここに作者が移住後まもなくでありながら全部大阪言葉の小説を書くという大胆な試みをあえてした理由があると思われます。」
 
なるほどそういうことか。

しかし例えば、「先生の御宅い寄せてもらうようになりましてから」という、「先生の御宅い」というのは、おかしい。

「先生の御宅へ」というつもりだが、関西に移り住んで間もない谷崎には、「御宅い」と聞こえたのである。そういうところは、他にもいっぱいある。
 
再び中村光夫の言うところを聞こう。

「ここにこの小説の過渡的な性格が見られるので、当時の潤一郎にとって、関西の人情風俗は、それまでの彼にとって中国や横浜の山の手本牧などと同様に、一種の異国趣味の対象であったことを物語っています。」
 
だから谷崎を、点ではなく線として読まなければならない、と中村は言う。

「関西という土地が、彼にとってたんに好奇心の対象から、血肉化した日本の伝統への眼覚めの契機として、彼の心のなかで熟して行くにつれ、同じ大阪の『良家の奥さん』を描いても、柿内園子のような異常な女性から、蒔岡幸子のように平凡健全な女性に、作者の興味は移って行ったので、潤一郎が青年時代の『恋愛派』の作家から、現在の我国最大の国民作家と云えるような地位に達したのは、この変化によるものです。」
 
谷崎潤一郎の『卍』は、そういうふうに読まなければいけない本なのだ。
 
けれども、私に残された時間を考えれば(といっても、どれだけ残されているかは分からないのだが)、谷崎を、ずっと後をたどって読むことはできない。

(『卍』谷崎潤一郎
 新潮文庫、1951年12月10日初刷、 2012年11月30日第110刷)

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