ただ懐かしい――『書評稼業四十年』(1)

書評家・北上次郎は、またの名を「本の雑誌」初代社長、目黒考二、たぶんこちらの方が有名だろう。
 
目黒考二の本も何作か読んだ。『発作的座談会』『いろはかるたの真実』『沢野絵の謎』等々。いずれも本の雑誌社から出ていた。
 
藤代三郎というペンネームでも書いていて、『戒厳令下のチンチロリン』というのを読んだことがある。こちらは情報センター出版局刊。
 
ペンネームは異なっていても、いずれも面白かった。
 
今回は、著者も古希を超えたので、40年余にわたる書評家人生を、振り返ってみようというわけ。
 
著者は学生時代から、「週刊読書人」のミステリー時評を読んできた。

「将来のビジョンも何もなく、錦華公園のそばの喫茶店で怠惰に本を読んでいるだけだったが、可能ならば『週刊読書人』でミステリー時評を書くような人になりたいと考えていた。」
 
そういう人になりたいというのが、著者の夢だった。
 
変わった方だなと思う。そのころ、というのはおよそ50年前、「週刊読書人」はすでに読む人も少なく、ましてやそこで、ミステリー時評が楽しみだというのは、奇特な読者という以外にない。
 
北上次郎はこの後、どんな本を読んでいたか。
 
1976年に「本の雑誌」が創刊されるから、もちろんミステリーは読み続けている。
 
しかしもっと前から、読み続けていたものがある。それは中間小説誌御三家と呼ばれる、「小説新潮」「オール讀物」「小説現代」である。
 
なぜこういうものを、読むようになったかというと、60年代後半に、五木寛之と野坂昭如が登場して、それで20代の人にも読者が広がったのだ。
 
五木寛之の「さらばモスクワ愚連隊」や「蒼ざめた馬を見よ」には、決定的に新しいところがある、と北上次郎は言う。

「日本の現代エンターテインメントにグローバルな視点を導入したことだ。私たちがどれだけちっぽけな存在であったとしても、世界の一員であることを否応なく感じざるを得ない時代が到来しつつあり、そういう来るべき政治の季節の予見とも言うべきものが、五木寛之の小説にはあった。だから五木寛之の小説にみんなが魅了されたのである。つまり私たちが初めて持ちえた同時代の作家だった。」
 
なるほど五木寛之の小説には、そういう新しさがあったのか。
 
しかし僕は、あまり感心しなかった。五木寛之の小説は、感動するところに乏しかったのだ。

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