編集上の工夫で売れるのか?――『仏教抹殺ーなぜ明治維新は寺院を破壊したのかー』

この文春新書は八幡山の啓文堂で、3か月で5刷になっているのを見て、いわば「吃驚して」買ってしまった。
 
著者の鵜飼秀徳はジャーナリストで、僧侶の顔も持つ。著書に『寺院消滅』『無葬社会』があると聞けば、宗教ジャーナリストとして、第一線で活躍中の人であることが分かる。
 
もっとも僕は、どちらも読んでいない。読まなくてもわかると言えば、傲慢かな。
 
本書は「廃仏毀釈」を取り上げ、それがどんなふうであったか、各地を回って僧侶や郷土史家、学芸員などに、取材して回ったものだ。

「廃仏毀釈」は、明治政府が打ち出した神仏分離令を拡大解釈し、仏教を排撃した事件を扱ったものだ。
 
ただそうはいっても、1870年(明治3)頃から76年(明治9)頃までと、その期間は短い。
 
全体は八章に分かれていて、「新日本紀行・廃仏毀釈の旅」というのが、掛け値なしのところだ。
 
でも「新日本紀行・廃仏毀釈の旅」では、文春新書にはならないだろう。

『仏教抹殺ーなぜ明治維新は寺院を破壊したのかー』とやれば、教科書では一見当たり前のことが、「抹殺」って何のことだ、と興味を覚醒したのではないか。そうとでも考えるよりほかに、考えようがない。

「廃仏毀釈」と一言で片づけるが、その様相は全国各地で異なっている。
 
仏教排撃が盛んだったのは、比叡山、水戸(第一章)、薩摩、長州(第二章)、宮崎(第三章)、松本、苗木(第四章)、隠岐、佐渡(第五章)、伊勢(第六章)、東京(第七章)、奈良、京都(第八章)など。

そしてこれ以外は、神仏分離政策を粛々とやっただけで、特に目立つ事例はない。
 
著者は、「当時行われた仏教迫害というタブーの痕跡を、全国的に現場を歩いて調査した事例はこれまでほとんどない」というが、それは仏教が、もうそれほど人の関心を呼ばなかった、ということではないのか。
 
もちろん僧侶や仏教関係者にとっては、関心のあるテーマだとは思うが、しかし「廃仏毀釈」はそれ自体、強烈なマイナス・イメージを持った言葉だ。できれば僧侶も、口にしたくはあるまい。
 
こういう新書が売れるについては、編集上の工夫で何とでもなるということか。ただただ参りましたというほかはない。

(仏教抹殺ーなぜ明治維新は寺院を破壊したのかー』
 鵜飼秀徳、文春新書、2018年12月20日初刷、2019年3月1日第5刷)

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