最後に残る素朴な疑問――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2)

著者の子どもは、地元でナンバー1のカトリックの公立中学へは行かず、「元底辺中学」と著者が呼ぶところの公立中学へ行った。
 
これは著者が、その学校を気に入ってしまったことも大きい。息子と学校を見学に行ったとき、大変感じがよかったのだ。

「先生たちも、カトリック校と違ってフレンドリーで熱意が感じられた」
 
著者にとっては、そういう生の意見が大事なのだ。元底辺校は学力の点でも、真ん中あたりまで上昇していた。

「何よりも、楽しそうでいい。だから子どもたちも学校の外で悪さをしなくなったんだろうね。学校の中で自分が楽しいと思うことをやれるから」
 
イギリスの田舎町には今、「多様性格差」と呼ぶべき状況が生まれている。
 
近年、移民の生徒の割合は、上昇の一途をたどっており、その移民が、白人の労働者階級の学校へは、子どもを通わせなくなっている。白人労働者の学校は、レイシズムがひどくて荒れているという噂が、一般的になってきたのだ。そういう話は、育児サイトの掲示板に行けば、簡単に情報が得られる。

「人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、という奇妙な構図ができあがってしまっていて、元底辺中学校のようなところは見渡す限り白人英国人だらけだ。」
 
そういうところへ、「イエローでホワイト」の息子が、行くことになったのだから、ちょっとドキドキする。
 
しかしそれにしても、イギリスは階級社会だなあ。
 
元底辺中学の大講堂で、クリスマス・コンサートが開催されたときのこと。
 
ジェイソン・ステイサム(というアクションスター)に似た、全身が細長く、眉毛のない、爬虫類に似たコワモテの少年が、ステージに上がった。
 
楽器も持ってなくて、何をやるんだろうと思っていたら、ラップで、自分の書いたクリスマス・ソングをやるという。

「父ちゃん、団地の前で倒れてる/母ちゃん、泥酔でがなってる/姉ちゃん、インスタにアクセスできずに暴れてる/婆ちゃん、流しに差し歯を落として棒立ち

 七面鳥がオーブンの中で焦げてる/俺は野菜を刻み続ける/父ちゃん、金を使い果たして/母ちゃん、2・99ポンドのワインで潰れて/姉ちゃん、リベンジポルノを流出されて/婆ちゃん、差し歯なしのクリスマスを迎えて/どうやって七面鳥を食べればいいんだいってさめざめ泣いてる/俺は黙って野菜を刻み続ける」
 
これはなかなかのもんだ、と著者は思い、そして周りを見渡してみれば、保護者たちは、おかしそうに笑っている人と、すごく嫌そうにしている人に、完全に二分されていた。
 
ラップはまだ続く。

「姉ちゃん、新しい男を連れてきて/母ちゃん、七面鳥が小さすぎるって/婆ちゃん、あたしゃ歯がないから食べれないって/父ちゃん、ついに死んだんじゃねえかって/団地の下まで見に行ったら/犬糞を枕代わりにラリって寝てた」
 
中学校のクリスマス・コンサートでやるラップとしては、非常にハードで、エグくて、僕が活字で読んでも、ちょっと感動的だ。
 
ダークすぎるクリスマス・ソングの、ラップの終わりに来て、テンポが急にスローになる。眉毛のないコワモテのあんちゃんが、詩を朗読するようにゆっくりと言った。

「だが違う。来年はきっと違う。姉ちゃん、母ちゃん、婆ちゃん、父ちゃん、俺、友よ、すべての友よ。来年は違う。別の年になる。万国の万引きたちよ、団結せよ」
 
これを聞いた著者は、鳥肌が立った。

「万国の万引きたちよ、団結せよ」というのは、伝説のバンド、ザ・スミスの有名な曲だという。

もちろん僕は、そんなことは全く知らないけれど、でも著者の感動は十分に伝わる。

「何よりも強く記憶に残っているのは、講堂の両端や後部に立っていた教員たちの姿だ。校長も、副校長も、生徒指導担当も、数学の教員も、体育の教員も、全員が『うちの生徒、やるでしょ』と言いたげな誇らしい顔をしてジェイソンに拍手を贈っていたのである。」
 
ブレディみかこが、息子の後ろで手を引いて、この学校を選んだわけが、分かるというものだ。
 
しかしそれでも、半分の保護者は、しかめっ面をしていたのだった。

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