最後に残る素朴な疑問――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(1)

これはブレディみかこが、新潮社の『波』に連載しているもので、それは評判になり、今も継続している。切りのいいところで、とりあえず一冊にしたわけだ。
 
書名は、著者が、息子の机を片付けているとき、中学校に入ったばかりの彼が、ノートの隅に落書きしているのを、そのまま持ってきたものだ。

「青い色のペンで、ノートの端に小さく体をすぼめて息を潜めているような筆跡だった。

 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー。

 胸の奥で何かがことりと音をたてて倒れたような気がした。
 何かこんなことを書きたくなるような経験をしたのだろうか。」
 
実にうまい。
 
著者の息子は、カトリックの小学校に通っていたのだが、いろいろな学校を見てまわるうちに、「元底辺中学校」と著者が呼ぶところの学校に、入ることになった。

「英国では、公立でも保護者が子どもを通わせる小・中学校を選ぶことができる。公立校は、Ofsted(英国教育水準局)という学校監査機関からの定期監査報告書や全国一斉学力検査の結果、生徒数と教員数の比率、生徒ひとりあたりの予算など詳細な情報を公開することが義務付けられていて、それを基にして作成した学校ランキングが、大手メディア(BBCや高級新聞各紙)のサイトで公開されている。」
 
イギリスも、結構あっけらかんと、子どもの学校を競わせるんだな。
 
しかし次のやり方はどんなものか。

「子どもが就学年齢に近づくと、ランキング上位の学校の近くに引っ越す人々も多い。人気の高い学校には応募者が殺到するので、定員を超えた場合、地方自治体が学校の校門から児童の自宅までの距離を測定し、近い順番に受け入れるというルールになっているからだ。そのため、そうした地区の住宅価格は高騰し、富者と貧者の棲み分けが進んでいることが、近年では『ソーシャル・アパルトヘイト』と呼ばれて社会問題にもなっているほどだ。」
 
これは実にばかばかしい。校門から自宅までの距離を測り、近い順に受け入れるというのは、正気かね。これって最終的には、親の収入次第ということでしょう。
 
子どもではなく、親の意見で学校が決まるというのは、日本でも同じことかもしれない。でも教育の世界なんだから、もう少し、なんというか、建前を尊重してはどうかね。

たとえば、子どもを立てて試験をするとか(親の試験じゃないですよ)、あるいは地域を限って、そこに住む子どもは、一括で入学を許可するとか、もう少しやりようがあると思うけど。
 
これを、ソーシャル・アパルトヘイトと呼ぶという。冗談ではない。わざわざ呼び名を付けなくても、その前に何とかしろよ。

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