韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(4)

キム・ジヨン氏は2005年に大学を出たが、就職では本当に苦労した。ある就職情報サイトが、100余りの企業を調べたところによると、女性の新入社員の比率は、なんと29・6パーセントだった。

「キム・ジヨン氏はすっかり霧に閉ざされた狭い路地に立っているような気分だった。企業が下半期の公開採用を始めると、霧は雨に変わり、素肌めがけて降り注いできた。」
 
このあたりはなかなか、就活の苦しさがよく出ている。

「それ以後も何度となく面接を受け、ときに外見のことを言われたり、服装について下品な冗談を言われたりし、体の特定の部位へのいやらしい視線や不要な身体接触なども経験した。そして就職は決まらなかった。」
 
すっかり気落ちしたキム・ジヨン氏に、父はこう言った。

「おまえはこのままおとなしくうちにいて、嫁にでも行け。」
 
キム・ジヨン氏は、もうご飯も喉を通らなくて、どうしようもなかった。
 
そのとき突然、母のオ・ミスク氏が激怒する。

「……がん、と固い石が割れるような音がした。母だった。母は顔を真っ赤にして、スプーンを食卓にたたきつけた。
『いったい今が何時代だと思って、そんな腐りきったこと言ってんの? ジヨンはおとなしく、するな! 元気出せ! 騒げ! 出歩け! わかった?』
 母があまりにも興奮しているので、キム・ジヨン氏はとりあえず激しくうなずき、心の底からの同意を表すことで母をなだめた。父はうろたえたのか急にしゃっくりをしはじめたが、そういえば父がしゃっくりをするのを見たのはこのときだけだ。」
 
ここはなかなかいい場面だ。この物語の中心に、母のオ・ミスク氏がいることが、強烈に印象付けられる。
 
この本を型にはまったフェミニズム小説、と片付けられないのは、著者がこういう場面で、冴えを見せるからだ。
 
苦労した果てに、キム・ジヨン氏は、小さな広告代理店に職を得る。しかしまた、ここでも難ありなのだ。
 
相手先の広報部長と打ち上げで飲んだとき、キム・ジヨン氏は屈辱に耐えねばならなかった。

「キム・ジヨン氏は顔の形もきれいだし鼻筋も通っているから二重まぶたの手術さえすればいいなどと、ほめているのかけなしているのかわからない外見の話が延々と続く。恋人はいるのかと聞いたかと思えば、ゴールキーパーがいてこそゴールを決める甲斐があるとか、一度もやったことのない女はいるが一度しかやったことのない女はいないとか、笑えもしない十八禁のジョークを連発する。そして何より、ずっと酒を強要する。」
 
かなり下品だけれとも、これなら日本人も負けてない。上には上が、いや、下には下がいるものだ。これは世界中、どこも同じことのような気がする。
 
だからまあ、#MeToo運動が、世界中で起こったんだろうが。

この記事へのコメント