こんなところで小技とは――『むらさきのスカートの女』(2)

『むらさきのスカートの女』は、後半に入ると、ちょっと活劇調というか、ドラマが起きる。
 
むらさきのスカートの女と、所長が、仲良くなるのである。それはすでに、職場の女性たちの噂になっている。

ある日の日曜日、二人で出かけるのを、「わたし」が後をつける。
 
一日、デートをする、といっても、二人は「スピード」と「ダーティーハリー」の二本立てを見たり、居酒屋に入ったりするだけだ。その二本立ても、「スピード」を見たら出てしまう。中年の、行き場のない倦怠感が、よく出ている。
 
その夜、所長は、むらさきのスカートの女のところに泊まる。彼にしてみれば、ちょっとした浮気、というところ。
 
それから数日たって、むらさきのスカートの女と、所長は、いさかいを起こし、所長は二階の外階段から落ち、脳震盪を起こす。
 
ここで、「わたし」が現れる。

「『しー。静かに』
 と、わたしは言った。
 むらさきのスカートの女がこちらを向いた。その顔は真っ白で、涙と鼻水でびしょびしょになっていた。
『ちょっと見せてくれるかな』
 わたしは、所長とむらさきのスカートの女の間にしゃがみ込んだ。
 まず、所長の右の手首を持ち上げて、それから左手首を持ち上げた。所長のあごの下に指を二本当て、口元に耳を近づけた。むらさきのスカートの女は黙ってそのようすを見ていた。わたしは少しの沈黙ののち、顔を上げ、言った。
『これは、残念だけど、死んでるわ』」
 
これがヤマ場、と言ってもいい。
 
もちろん所長は死んでない。脳震盪を起こしただけだ。だからヤマ場といっても、微妙に外してある。
 
しかし「わたし」は、むらさきのスカートの女に、所長は死んだと話し、動転したむらさきのスカートの女は、「わたし」の指示で現場を離れる。
 
しかし、むらさきのスカートの女は、現場を離れただけで、どこへ行ったかはわからない。そうして今に至るも、雲隠れしたままだ。

「わたし」は、病院で所長と相対する。給料を上げてくれるように、所長に直訴する。ここがなかなか面白い。

「できるわけないでしょう! ……よっぽど普段の仕事ぶりが評価されてなければその審査にかけられない。仮に権藤さんが審査にかけられたとして、自分で通ると思ってるの? 遅刻、早退、無断欠勤、あなたね、今までクビになってないのが不思議なくらいだよ。仕事中もしょっちゅうふらっといなくなるって、他のスタッフからどれだけ苦情が来てるか知ってるの? 昇給は、無し。ありません」
 
しかし「わたし」は昇給する。所長がかつて、仕事場のホテルで、女優のパンツを盗んだことを、誰にも言わないことを取引材料にして。
 
ここではまた、「わたし」が、むらさきのスカートの女を微細に観察していたことが、いわば種明かしされている。
 
でもほんとうは、こんな種明かし、小技は不要なことだ。

「むらさきのスカートの女」を、じっと見ている「わたし」の、あり得ない不気味さが、終わりに来て、いくぶんか損なわれた。それが残念だ。
 
さらに蛇足を付け加えれば、『むらさきのスカートの女』は、『ピクニック』の発展したものだ。二つを読み比べてみると、深化の度合いが分かって面白い。

(『むらさきのスカートの女』
 今村夏子、朝日新聞出版、2019年6月30日初刷、8月30日第4刷)

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