変なのは主人公なのか著者なのか――『こちらあみ子』

今村夏子は、『あひる』というのを読んで、奇妙な面白さが印象に残った。

あひるが家からいなくなって、そうして帰ってくるたびに、もといたあひるとは、少し違っている、という話である。

こんなんが小説になるんかい、という話だが、それがなるんですね。というか、むしろ小説にしかならない。
 
そして今度は芥川賞である。書店へ行くと、芥川賞の『むらさきのスカートの女』と合わせて、最初の本の『こちらあみ子』も置かれている。
 
というわけで、最初から読むことにする。
 
結論から言ってしまうと、「こちらあみ子」は、もひとつ面白くはない。あと2篇、「ピクニック」と「チズさん」が入っていて、「ピクニック」の方は、ちょっと面白い。

「こちらあみ子」は、大人になったあみ子が、回想する形式の小説である。

両親と兄がいて、母親は後妻であり、あみ子と兄の、実の母親ではない。しかし親子の葛藤が描かれているわけではない。

そこは今村夏子独特の、ねじれと距離感で書かれている。

初めてこれを読んだ人は、特に編集者は、処女作でこれは脈あり、と思うだろう。
 
しかし、さきに「あひる」を読んでしまうと、こちらの奇妙さが際立っていて、「あみ子」はもう一つと思ってしまう。

「ピクニック」は、「ローラーシューズを履いた女の子たちがビキニ姿で接客しますという謳い文句を掲げた『ローラーガーデン』」、が舞台の物語である。
 
そこに七瀬さんという、ちょっと薹(とう)の立った女が現れて、この女がやっぱり奇妙だ。
 
これも、今村夏子の文体で書かれているので、この女が変なのか、これを記している著者、つまり今村夏子が変なのかは、わからない。

「よろしくね七瀬さん。ルミたちがステージの上から挨拶すると、七瀬さんは成熟した大人の女のひとらしく『よろしくお願いいたします』と言ったあと深々と頭を下げた。とても大きな胸だった。でも美しいとは言いがたい。左の脇腹には虫刺されの赤いあとがある。」
 
冒頭の一説だが、今村夏子の絶妙の、はぐらかしぶりが分かるだろう。これが意識的なものかどうかは、わからない。

(『こちらあみ子』
今村夏子、ちくま文庫、2014年6月10日初刷、2019年7月30日第7刷)

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