斎藤美奈子の孤独な闘い――『日本の同時代小説』(2)

斎藤美奈子の『日本の同時代小説』は、中村光夫の『日本の現代小説』とは、はっきり違う点がある。

「第一に、作家ではなく、作品を中心に考えました。第二に、純文学にいちおう重点を置きつつも、エンターテインメントやノンフィクションも対象に含めました。」
 
戦後、作家は、政治学者や経済学者などと、緩やかに連帯し、世の中を、ある方向に持って行くために、努力をした。
 
それが、60年代くらいから、協同ですることが無くなった。文学史を書く上で、作家本位に考えたところで、作家は執筆している以外に、特に何もない。
 
だから、作家ではなく、作品を中心に考えなければ、しょうがないのだ。
 
かなり単純化して言っているので、すぐに異議を唱える向きも、あるかと思うが、大枠はこのように動いてきた、と僕は思う。
 
もう一つの、エンターテインメントやノンフィクションを、この中に入れるについては、そういうものが、だんだんに隆盛を迎え、本の世界が広がったということがある。
 
純文学、エンターテインメント、ノンフィクションと、厳格に分けることが、難しくなってきたのだ。
 
逆に言えば、日本の文学は、それだけ豊かになってきたともいえよう。
 
しかし、上記二点の変化は、全体をとらえるだけでも、なかなか大変で、だから今のところ、斎藤美奈子以外には、やろうという人がいないのだ。
 
もちろん、もう一つの理由は、それを書いても、読む人は激減している、ということがある。
 
この本全体は、先にも述べたように、1960年代から2010年代まで、10年ごとに章で括って、全部で6章立てにしてある。

第1章の「一九六〇年代 知識人の凋落」は、60年安保闘争と、その敗北が、大きな節目になる。これは60年代のみならず、その後の今に至るも、日本の社会を根本から規定している。

そして端的に言って、それまでと、それからあとは、文学の位置が変わった。

「『政治の季節』の終焉と、文学の危機。二つの現象は無関係に見えて密接につながっています。六〇年代初頭まで、文学と政治は、いまよりずっと近い位置にあったからです。」
 
これは経験していなければ、分からない。当時と今とでは、作家が、読者として意識する人々と社会が違う。

「当時の知識人(大学生などの知識人予備軍を含む)にとって、文学はけっして趣味でも娯楽でも暇つぶしでもなく、『人はいかに生くべきか』『社会はいかにあるべきか』などの問題意識と結びついた大きな関心事だった。」
 
それが、安保闘争の敗北を契機に、音立てて壊れていったのだ。
 
最初の章でも、斎藤美奈子は、いろんな作品を取り上げているが、ここでは高橋和巳『悲の器』、柴田翔『されど、われらが日々――』、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』を上げておけば、章の趣旨は分かるはずだ。
 
いずれも、「知識人の特権と使命が失効した時代に知識人いかに生くべきか」を模索して、しかしついには、はっきりとした生き方を、提示できなかったのである。

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