苦しかったあの頃を思い出す――『夫が脳で倒れたら』(1)

脳出血の後遺症を抱える身としては、こういうものはつい手が出る。
 
著者の三澤慶子は、雑誌の編集者をしたのち、映像製作会社を経てフリーランスになる。手がけた脚本には、『ココニイルコト』『夜のピクニック』『天国はまだ遠く』などがあるが、僕は見ていない。
 
夫は、轟夕起夫のペンネームで、映画評論やインタビューを行う。

彼は、2014年2月に、脳梗塞を発症し、右半身は完全麻痺になった。50歳だった。その後、左手一本のキーボードのみで、仕事に復帰する。
 
脳梗塞と脳出血の違いはあるが、僕と同じころ発症し、同じ道筋を通って、リハビリに通っている。子供が2人いる。中学生と小学生の男の子。
 
僕は60歳を超えてから、脳出血になった。子供は、男の子が2人いるが、長男は就職し、二男は大学4年生で、僕が病院にいる間に就職を決めた。
 
50歳になったばかりの「夫」と、僕の差は、天と地ほども違う。この夫婦は、どちらもフリーランスのようだが、年金はどうなっているのだろう。まずそれが気にかかる。
 
50歳だと、障害者年金だと思うが、夫はちゃんと年金をかけているのか。それが気にかかる。
 
と同時に、それを書かなくては、肝心のところがぼやけてしまう。

これは、年金を掛ける、掛けないの違いや、預貯金の額に応じて、千差万別ではあろうが、それでも、できるだけ詳しいことを、さらけ出さなくては、意味がないのではなかろうか。
 
リハビリ病院の日々は、僕と似たようなものだ。
 
とにかく言葉が、単語が、出てこない。

「(夫は)かなり自分の物忘れに恐怖を感じていたようで、
『思い出せないんだよ、単語がなかなか出てこない』
 と何度も言った。」
 
この人は、僕に比べると、よほど軽い。僕は3か月が過ぎても、女房の名前が言えなかった。子供の名前も言えなかった。でもこんなところで、症状自慢をしてもしょうがない。

「(夫が)転院した潮風リハビリテーション病院〔仮名〕は『回復期リハビリテーション病棟』で、『理学療法士』『作業療法士』『言語聴覚士』のみなさんから『回復期リハビリテーション』を受けることができる。」
 
入院していたこの半年間は、本当に懐かしい。リハビリした人でなければ、「理学療法士」や「作業療法士」なんて、何のことやらわからないだろうけど。

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