村上春樹が準備するもの――「猫を棄てる――父親について語るときに僕の語ること」(2)

村上春樹の、父親追悼の言葉は続く。

「父はもともと学問の好きな人だった。勉強をすることが生き甲斐のようなところもあった。文学を愛好し、教師になってからもよく一人で本を読んでいた。家の中にはいつも本が溢れていた。僕が十代にして熱心な読書家になったのにも、あるいはその影響があったかもしれない。」
 
あったかもしれない、どころではない。読書家ではない父親を、春樹は持ったことはないのだから、これはどういっても、わかってもらえないけれど、僕のような人間からすれば、とにかくうらやましい。
 
息子が、村上春樹という作家になったことについては、父親は、どんなふうに思っていたのか。

「僕が三十歳にして小説家としてデビューしたとき、父はそのことをとても喜んでくれたようだが、その時点では我々の親子関係はもうずいぶん冷え切ったものになっていた。」
 
冷え切ったものになっていた、というのは、そういうことだろうが、それでも、父の喜びは、尋常のものではなかったろうと思われる。いや、そう思いたい。
 
学校の勉強に、身を入れることのなかった村上春樹は、ここでなぜ、父親のことを書いておきたかったか、という理由を説明している。

「僕は今でも、この今に至っても、自分が父をずっと落胆させてきた、その期待を裏切ってきた、という気持ちを――あるいはその残滓のようなものを――抱き続けている。」
 
もちろん、こういうことは仕方のないことだ、というのは、今にして分かる。
 
男の子と父親の関係は、これが正常なのだが、それでもどうしても、書いておきたかったのだ。
 
最後のところで村上春樹は、親と子に関して、不思議な考察をしている。

「……この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎないという事実だ。それはごく当たり前の事実だ。しかし腰を据えてその事実を掘り下げていけばいくほど、実はそれがひとつのたまたまの事実でしかなかったことがだんだん明確になってくる。我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。」
 
だから僕らは、名もない一滴の雨粒に過ぎないけれど、それは集合無意識と化して、何ものかになるだろう、というのだ。
 
これはどういうことだろう。ここが、僕には、すんなりと納得の行かないところだった。

だからこれが、どういう形の小説であれ、村上春樹の次に準備する作品ではないか、と思う。

(「猫を棄てる――父親について語るときに僕の語ること」
 村上春樹、『文藝春秋』、2019年6月1日発行)

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