村上春樹が準備するもの――「猫を棄てる――父親について語るときに僕の語ること」(1)

村上春樹が『文藝春秋』に、自分の父親のことを書いている。それだけでも大きな話題を呼ぶだろう。

と思ったが、しかしよく考えると、年寄り向けの『文藝春秋』だし、特に話題になることは、ないような気もしてきた。
 
それでも、買っちゃったものは、読まなければ。
 
父親は「甲陽学院という中高一貫私立校で国語の教師をしていた。」
 
村上春樹と父親は、大人になってからは、ほとんど断絶に近いような、間柄だったらしい。

しかし、父と息子については、ついこの前読んだ筒井康隆の言葉にもあるように、断絶に近いのが一般的だ。

それよりも、父親が甲陽学院の教師といえば、息子が村上春樹であるのは、改めて納得される。

ちなみに僕は、そのころ兵庫県の加古川に住んでおり、甲陽学院は、神戸方面ではエリート校として聞こえていた。

村上春樹と父は、たとえばこういう関係だった。

「……生前の父に直接、戦争中の話を詳しく聞こうという気持ちにもなれなかった。そして何も訊かないまま、そして何も語らないまま、父親は平成20年(2008年)に、……九十歳にして、京都の西陣の病院で息を引き取った。」
 
軍隊へ行った親と、その子の関係は、こういうものだろうと思う。
 
僕の場合も、こんなふうだった。
 
しかし村上の場合は、一つだけ、父親の方に、かなりショッキングな打ち明け話がある。

「一度だけ父は僕に打ち明けるように、自分の属していた部隊が、捕虜にした中国兵を処刑したことがあると語った。」
 
これは、小学校低学年だった春樹に、強烈に焼き付けられた。

「……父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを――現代の用語を借りればトラウマを――息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繫がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。」
 
だから次に、村上春樹の書くものは、と、つい言いたくなってしまう。

「今度はガラリと趣向を変えて、志賀直哉ばりの私小説」、ということになると、これは間違いなく、並みのベストセラー以上の売れ行きが、約束されると思う。

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