戦後を体現した編集者の死――『いま、言わねばー戦後編集者としてー』ほか(3)

こういうことは、やっても許されることなんだろうか。

もちろん「花田清輝・埴谷雄高 冥界対論記録抄」とあって、最初から、架空対談なのは分かっている。でも、しかし、やっぱりいいんだろうか。

いくら、花田清輝の本を「十七、八冊」作り、埴谷雄高の本を「評論集二十一冊、対話集十二冊」作ったとしても、二人を冥界で会わせ、談論風発、好きにしゃべらせるというのは、並みの編集者ではできない。というか、松本さん以外には、できないことだ。

この『戦後編集者雑文抄』は、おおむね、21世紀に書かれた文章を収める。

今になって、この本を読めば、編集者・松本昌次さんが、いかに多くの優れた人を、結びつけたかを思い知らされて、目くるめく思いがしよう。

出版界が毎日毎日、新刊を出しながら、実際には荒涼たる風景の中で、呆然と佇んでいるとき、松本さんの世界は、じつに豊穣なのだ。今世紀に入って、荒涼のなかで、ほとんど何も残らなくなったとき、ただひとり松本さんだけが、小説家や詩人、政治学者や女優を華麗に結びつけた。

たとえば、宮本常一と、雑誌『民話』を語ったところ。

「民話だけでものは考えられない、芸術や思想といったものも含めて考えなければならないなどと思っていたんですね。日本では知識人の考えていることと民衆の動向はいつも離ればなれです。だからわたしはそれらを出会わせたいし、『民話』をそういった場にしてみたいなどと考えていたんです。(中略)『民話』には花田清輝さんや埴谷雄高さんや丸山眞男さんといった方々が登場しています(のちに、藤田省三、廣末保、谷川雁、日高六郎、吉本隆明さんなどの方がたにも執筆してもらっています。)」

『民話』という雑誌を、「民話」だけではものは考えられない、と考え、そのような場にしたのだ。

編集者が、持てる力を十全に伸ばし、しかもそれを、のびのびとやっているのを見るのは、今となっては、夢のまた夢である。
 
しかしこの本には、ただ懐かしいことばかりが、書かれているのではない。

たとえば、「花田清輝ー吉本隆明論争」。これは、じつは今だからこそ、決着をつけてよいと思われる。

そして決着をつけるには、二人の生涯を見てきた松本さんをおいて、ほかにないのだ。

松本さんは、1954年、花田清輝の『アヴァンギャルド芸術』を皮切りに、編集者としての生活を始めた。

一方、吉本隆明の最初の出版物、『芸術的抵抗と挫折』と『抒情の論理』(ともに1959年)も編集している。

松本さんは、埴谷・花田といった世代と、吉本は一緒になって、戦後の文学運動を進めていくものだと思っていた。

ところが、そうはならなかったのである。

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