戦後を体現した編集者の死――『いま、言わねばー戦後編集者としてー』ほか(2)

鷲尾さんは、「聞き書きのはじめに」でこう書いている。

「丸山眞男『現代政治の思想と行動』をはじめ、戦後社会に絶対な影響を与えた埴谷雄高、花田清輝、藤田省三、廣末保、木下順二、平野謙、富士正晴、井上光晴、上野英信、橋川文三などの多くの著作を手がけた編集者として、松本昌次さんは伝説的・神話的存在である(ご自身はこの言い方を強固に忌避されるが)。」
 
本当に、なぜこんなことが、できたんだろう。未来社の編集部は原則的に、西谷能雄社長と松本さんの二人。西谷社長は目が悪いので、細かい実務は、松本さんおひとりである。
 
それで1年間に、40~50冊(!)、作っている。そのどれもが、名著である。もちろん初校、再校、三校まで取っているのだ。まったく考えられないことだ。
 
それで、もう参りましたという意味で、「戦後の名著の多くはこの人の手になるものだった」、と言われたりした。
 
とにかく、2年間にわたる『わたしの戦後出版史』の仕事は、インタビューと、その後の酒席も含めて、じつに面白かった。

この本は、朝日新聞が2000~09年に、読むべき本を選んだ、「ゼロ年代の50冊」の一冊に選ばれている。
 
その後、2014年に、鷲尾賢也さんが、脳出血により急逝された。
 
鷲尾さんは「現代思想の冒険者たち」(全31巻)や、「日本の歴史」(全26巻)を企画し、書き下ろしシリーズ「選書メチエ」を創刊された。
 
また小高賢のペンネームで、何冊も歌集があり、そのうちの1冊、『本所両国』は若山牧水賞を受賞している。
 
鷲尾さんの死は、私には、いろいろな意味で後ろ盾を失い、打撃だった。

松本昌次さんにとっても、頭を殴られるような大打撃で、しばらくは電話で話していても、なぜ鷲尾さんは死んだのだろうねえ、という嘆き節一辺倒だった。まさか、松本さんよりも、鷲尾さんの方が、先に行くとは。

『戦後編集者雑文抄ー追憶の影ー』は、先に一葉社から出ている『戦後文学と編集者』(1994年)、『戦後出版と編集者』(2001年)に続くものだ。
 
この本は一度、このブログに取り上げたけれど、今度は松本昌次さんの生涯のうち、最晩年の本という意味で取り上げるので、重複はあるかもしれないけれど、恐れずにやってみる。
 
この本は、松本さんが、出版の仕事を通じて知り合った著者や編集者たちを、追悼した文章を多く集める。
 
だから、サブタイトルに、「追憶の影」と記されている。
 
登場するのは、花田清輝、長谷川四郎、島尾敏雄、木下順二、秋元松代、竹内好、西郷信綱、小林昇、武井昭夫、吉本隆明、久保栄、中野重治、などなど。

これは、いつもの回想と思っていると、のっけから、ちょっと度肝を抜かれることになる。最初に「花田清輝・埴谷雄高」の対談があるが、これがなんと、架空対談なのである。つまり松本さんの創作なのだ。

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