今度はノンフィクション――『奴隷労働ーベトナム人技能実習生の実態ー』(2)

技能実習生の、何よりの問題は、どんな企業に受け入れられるかが、わからない点だ。これはもう、偶然に左右されるほかないのだ。
 
だから経営者が、いい人か、腹黒い人かは、蓋を開けてみないとわからない。

そして『ふたつの日本』では、労働条件に問題ありというところが、全体の7割ということだった。蓋を開けてみれば、3か所に2か所以上は、問題ありということなのだ。

「さらに、技能実習生は受け入れ企業との間で課題があっても、別の企業に転職することができない。そのため技能実習生が日本で搾取的な処遇に直面するのか、あるいはきちんと処遇してくれる受け入れ企業で働けるのかどうかは、『運まかせ』なのだ。」
 
この一連の事柄が、「奴隷労働」と呼ばれる所以なのだ。
 
とりあえず転職の自由は、早急に認めなければいけない。そこに、ある一定の条件はつけるにせよだ。
 
アジアの技能実習生たちは、日本という国を経験した結果、全体の37パーセントが、日本はよくなかった、という印象を持っているという。

来日する前は、97パーセントが、日本に対して好意的なのに、これでは、「嫌われ者・日本」という印象を、振りまいているだけではないか。

これは根本的に、アジアに対する視線を変えねばなるまい。技能実習生を雇う人たちの話ではない。「私」の視線を変えなければ、と思うのだ。

「技能実習生というアジア出身の若者たちを、一人ひとりの人間としてとらえ、彼ら彼女らが何を考え、何に困っているのか、何をしたいのか、そのことへ寄り添っていくことが求められる。外国人技能実習生は〝代替可能な外国人労働者〟ではないし、〝顔の見えない匿名の誰か〟ではない。それぞれの人生を切り開こうとする一人の個人がそこにいる。」
 
そういうことなのだ。こういう見方ができないのは、私も含めた日本人個人の、限界ともいえる。でも、そこを突破しなければ。
 
著者は、ベトナムの日本語学校を訪問する。

「その日は日本人の教師が担当する日で、学生たちが以前に習った表現を実際に話すという授業が行われていた。これから日本へ行くという学生たちは真剣そのものだった。授業を担当していた日本人教師に話を聞くと、技能実習生として日本にわたる若者たちは、とにかくよく勉強し、日本語の習得に熱心だという。」
 
それが、日本に来てみれば、低賃金・長時間労働、転職の自由がないというのでは、あまりというものだ。
 
しかも、家族のために働きにこようという段階で、ベトナムは、国家全体で搾取をしている。

「(ベトナムの場合は)仲介会社だけではなく、国営銀行もまた、債務を背負った移住労働者を生み出す構造を持つ移住産業の一翼を担っているといえる。」
 
莫大な費用を払って、日本に来るために、国営銀行が貸付を行っているのだ。

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