上級編集者論――『伝える人、永六輔ー『大往生』の日々ー』(3)

井上一夫さんが、かたちにしていたコンセプトを、永六輔は鮮やかにひっくり返した。それまでに用意していた講演原稿は、すべて捨てるという。
 
その理由は、「三冊目の準備もあわせて考えるべきだ。三冊目の材料となるものは使わない。」
 
井上さんは一瞬、呆然とする。
 
永六輔の提案は、「署名にふさわしく(『二度目の大往生』というタイトルはすでに決まっていました)、『大往生』の路線を踏襲する。語録はもっと拡充し(当初案ではむしろ控えめでいいという発想でした)、講演は『宗教』について語る一本に絞り、それを今度の本の目玉にする。」
 
もともと井上さんの作業は、永六輔の了解を取り付け、その意向に沿ったかたちで、考えてきたものだ。何度も手紙のやり取りをし、たたき台として案を示し、原稿例まで準備してきたというもの。

「いかに『閃き』の人とはいえ、こうあっさり『積み重ね』を覆されたのでは、さすがに呆然です。しかし、虚心にみるなら、たしかにこのコンセプトのほうがおもしろそうで、かつすっきりしています。
 意表をつかれてうろたえたあと、わたしは感動していました。これは永さんの覚悟を示すものだったからです。」
 
ここでまず、編集者が自分の意見をひっくり返されて、感動できるかどうか。瞬時にひっくり返されて、打てば響くように感動できるかどうか、どうです、皆さん。
 
しかし、井上さんが本当にすごいのは、ここから先だ。

『二度目の大往生』の編集作業が始まったとき、「わたしは仕事の合間をぬって、自分自身のための『覚書』を書きました。わたしはしばしば、担当した本の経験を私家版文書として文字化していますけれど、編集途中で書いたのはこれが初めてです。臨場感あるうちに、この間の出来事を自分なりに整理しておきたいという、やむにやまれぬ思いがありました。」
 
これはなかなか、というよりも、とうてい真似のできることではない。「編集」の究極の極意である。
 
井上さんは、この「覚書」の中で、率直に、自分は永六輔の個性を、把んでいなかったと書く。
 
ふつう、著者と本を作るときは、企画のイメージを固め、できれば目次の試案まで、作ることが望ましい。けれども、永六輔の場合は違うのだ。

「企画を決めたあと、そのときどきの『気分(?)』といって悪ければ『思い』で自由に展開していく。おそらくご本人も結果としてどんなかたちになるのか、予想できない。多分、そうなのである。
 だから、ともかく二冊目を決めておけばよかったのである。内容はあとで考えればいいことだった。」
 
ここにおいて井上さんは、永六輔の勘どころを、ついに捕まえるのである。

『二度目の大往生』を作る上では、「一言一句にこだわるのではなく、永さんの個性を考えて判断すべきことだったのだ。そんなことは、『大往生』の編集過程を経験したものとして当然気づいているべきことであり、不明を恥じるのみだ。」

「覚書」を書いたことによって、井上さんはすっきりした気持ちで、以後の永さんの企画に臨むことができた。
 
しかし井上さんは、この後、あっと驚く離れ業を見せる。なんと永六輔に、この「覚書」を送ったのである。

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