上級編集者論――『伝える人、永六輔ー『大往生』の日々ー』(1)

元岩波の編集者、井上一夫さんが、『大往生』に始まる、永六輔との日々を回想した本だが、とにかく面白い。いや、もう、本当に面白い。
 
井上さんは1994年に、岩波新書の『大往生』を編集した。この本は、発売後一年で190万部を突破し、2018年12月で、累計246万部に達した。
 
井上さんはその後、永六輔を著者として、『二度目の大往生』『職人』『芸人』『商(あきんど)人』『夫と妻』『親と子』『嫁と姑』『伝言』と、8冊の本を編集している。

最後の『伝言』は、2004年の刊行だから、足掛け10年余り、永さんと本作りをしていたことになる。
 
そういう日々の回想だから、いろいろ自慢話が出てくるかと思いきや、そういう話では全然ない。
 
これは、僕が編集した鷲尾賢也さんの、『編集とはどのような仕事なのかー企画発想から人間交際までー』を初級本とするなら、中級あるいは上級の編集本に当たる。

「編集の仕事とは、著者がやりたいことを理解し、それに即したもっともいいかたちを考えることです。いわば著者とキャッチボールをしながら、練り上げていく。」
 
最初にまず、編集上の「公理」が来る。

ところが永六輔の場合は、それが、そういうふうには行かない。

「こちらが受け取ったボールを投げ返すと、もうそこにはいない。はるか彼方で思わぬ方向に投げている。慌てて拾いに行くと、彼はすでに別のボールを手にしている。つまり、ふつうに考えるキャッチボールが成立しないのです。しかも直球ばかりじゃなく、しばしば変化球が交じるから、いよいよ捕球はむずかしい。」
 
最初に、永六輔という人物の難しさが、あますところなく描かれる。
 
これに対し編集者は、特に優れた編集者は、どういう態度をとるか。

「わたしはなかば呆れつつ、しだいにこの関係をおもしろがるようになりました。……ぽんぽん飛び出すアイデアがどれも秀逸で、ボール拾いも苦にならない。ウン、こんな新しいかたちのキャッチボールも悪くないなと。」
 
これが名編集者の、いわば模範回答。

しかし実際には、なかなかこうはいかない。著者に翻弄され、会社の中のもろもろの軋轢もあって、結構大変だが、そういうことも含めて、その全体を面白がれるかどうか。

その面白がれるところを、実際の永さんの本に合わせて、細かく伝授していこうというのが、この本の肝だ。

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