小説、もどき――『草薙の剣』(1)

橋本治が死んだ。それも、あっけなく死んだ。
 
私は、橋本治の書くものを、読んだことがない。この機会に、というのは、亡くなったのを機に、何か読んでおかないと、一生読まずに終わる。

そう思って、まず一冊、亡くなる直前の『草薙の剣』を、読むことにした。これは、何といっても、作家の一つの到達点を、示しているんじゃないか。

亡くなる直前に、この小説で、野間賞を受賞しているのもいい。いや増しに、期待は膨らんでいく。

というわけで読んでみたが、うーん、たいして面白くなかった。

そこを、少し詳しく書きたい。亡くなったばかりの著者に対する批判なので、丁寧に書く必要がある、と思う。

帯には、「10代から60代、世代の異なる6人の男たちを主人公に描く、/戦前から平成の終わりまで、日本人のこころの100年。」とある。

世代の異なる男たちとは、昭生(あきお)62歳、豊生(とよお)52歳、常生(つねお)42歳、夢生(ゆめお)32歳、凪生(なぎお)22歳、凡生(なみお)12歳、の6人。

これだけ見ると、いかにも重厚、重層な気がして、読む前は、わくわくする。
 
冒頭から、ちょっと気の利いた、言い回しもある。

「妻は、『まだ若いんだから、行きたいって言うんなら行かせてやったら』と、息子の肩を持った。息子はまだ若い。自分もまだ若い。自分にはまだ下の息子がいる。『まだ』ばかりがいくらでもある高度成長時代の中で、昭生の父は長男の旅立ちを許した。」
 
そうだよな、高度成長時代というのは、一言で言って、「まだ」の時代だったんだな。

これが、始まってすぐの頁にある。気持ちは、いやがうえにも高まるでしょう。
 
しかし、その数頁後に、こんな文章がある。

「一週間のストライキが始まって、終わった。常生の母は、ストライキが終わった次の日に大学へ行って、事態は変わらずに平穏無事であることを確認した。何事かはあったのかもしれないが、翌年からの授業料値上げはそのまま決定された。『ストライキをする』という当時的な通過儀礼があって、それを通過した常生の母は、その先でより一層激化して行く他大学の闘争を、まったくの他人事として見ていた。」
 
帯に「日本人のこころの100年」とあるが、これでは、「日本人の『傍流の』こころの100年」だろう。
 
あるいはこういう文章。

「……『前年はマイナス成長だった』と言われて、頭を抱える人間はほとんどいなかった。……過ぎてしまったことは過ぎてしまったことで、過ぎてしまったことを振り返ってどうこう言うほど、戦後という時代は年老いてはいなかった。」
 
最後の一文、「戦後という時代は年老いてはいなかった」というのは、小説の文章ではない、と私は思う。

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