本当の疑問――『散るぞ悲しきー硫黄島総指揮官・栗林忠道ー』(3)

それにしても、硫黄島はこれ以上ない、ひどいところだった。

「硫黄島に川は一本もなく、井戸を掘っても、出てくるのは硫黄分の多い塩水である。栗林を含む2万余の将兵の飲み水は、雨水を貯えてこれを用いるしかなかった。生命を支えるギリギリの量であるその水さえ汚染されており、兵士たちはパラチフスや下痢、栄養失調で次々に倒れた。」
 
こういうときに、彼我の軍事力の差を測り、さっさと降伏するということは、できなかったのか。
 
どうも日本軍の行く手には、「玉砕」の二文字しかないようだ。

「栗林を硫黄島の総指揮官に指名したのは、当時首相を務めていた東条英機である。その際、彼は栗林に『どうかアッツ島のようにやってくれ』と言ったという。アッツ島は、栗林が硫黄島へ行く前年の昭和18年、米軍の上陸を阻止しようとして死闘を演じ、玉砕という名の全滅を遂げたアリューシャン列島の小島である。」
 
こういうところを読んでしまうと、とても先へは進めなくなる。「どうかアッツ島のようにやってくれ」という東条の言葉。どうかしてるぜ、まったく。完全に狂気の世界だ。
 
それでこの本は、出てすぐに買ったにもかかわらず、読み差しのまま、長く放置してあった。
 
栗林忠道は、正直なところ、どうしようと思ったろうか。もっと前に、軍人を辞めることを、考えなかったろうか。
 
梯久美子は、なんとか栗林のぎりぎりの内面を、探ろうとする。

「……戦力の差は開く一方であった。問題は、島をいつまで持ちこたえられるか。その一点だった。
 しかし敗北が決定的になったとしても退却は許されない。『アッツ島のように』、粘れるだけ粘り、全員が死ぬまで戦わなければならないのだ。
 では、何のために戦うのか。勝利がありえないとすれば、どんな目的のためならば、部下たちは〝甲斐ある死〟を死ぬことができるのか。……栗林は、そう自問したはずである。」
 
自問したはずだが、その答えを、梯は、書いていない。
 
できるだけ抵抗が長引けば、その間に、アメリカとの和平交渉ができる。そう栗林は考えたのかもしれない、と梯は憶測する。
 
でもそんなことは、まったくの、言ってみれば〝空想〟に過ぎない。
 
硫黄島の最大の問題は、飲み水を、どう調達するかだった。栗林は、「この島では、水の一滴は血の一滴だ」と言い、階級の上下を問わず、もちろん自分も含めて、平等に我慢させている。
 
飲み水だけではなく、他の生活の面でも、栗林は階級によって差をつけることを、固く禁じている。
 
およそ帝国軍人らしからぬ、いかにも平等をモットーとする、近代人という感じがするが、しかし志向が伸びるのは、そこまでだ。なぜそこまでで、留まるのだろう。なぜ矛盾した二つの間で、一方の極、つまり日本人の「玉砕」の方に、すべてを賭けるのだろうか。

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