それにしても、なぜ?――『〔私家版〕西村玲 遺稿拾遺――1972~2016』(6)

二人の「契約」は、実際には、男の統合失調症の病歴という、重大な事柄をかくすことで、成り立っていなかった。

「『今、ここ』を四十年間脇目もふらず生きてきて、初めて『今』より『先』を見てしまった結果である。親にも相談せず自分の意思だけで決定したことだけに衝撃は大きく、自信もなくした。」
 
実際、男は2か月後くらいから、豹変したのである。

「結婚二ヶ月ぐらいは一見順調に見えたことから、その後の相手の急激な変貌が信じられず、また今までのように、ポストに望みがなく、仮に就職できたとしても好きな研究だけをやっていられるわけでもない苦行を続けていくのかと思うと、気が萎えた。」
 
これは年譜の中に、もう少し詳しい事実が書いてある。

「新婚旅行から帰って以降、××〔ここは男の実名が入る〕は自分だけの判断で薬を勝手にやめ、被害妄想、幻聴などの症状が頻出、会話も減り、パソコンに依存、この病気の特徴である同居者への執拗な攻撃性などが増していった。」
 
このときまだ、西村さんは、相手の統合失調症の病歴を知らない。

「玲も精神的に不安定になり、下痢・嘔吐などの症状が出、……『精神病も伝染するんだよ』。」

つまりは、そういうことである。
 
しかし、ご両親が何とか自分を納得させたいと、かろうじて言葉にしておられるものを、私が外から書いていて、スムーズに腹に納められるわけがない。

私には、「それにしても、なぜ」、という言葉しか出てこない。
 
西村玲さんが亡くなって、翌2017年12月に、「西村玲氏追悼研究集会 近世日本仏教思想の過去と現在」が、追悼研究集会実行委員会の呼びかけで、東大の本郷キャンパスで開かれた。参加者は約70名。
 
2018年1月、遺稿論文集『近世仏教論』が、末木文美士先生を中心に編まれ、法蔵館より出された。
 
後で末木先生に聞いたところでは、個々の論文は精度の高いもので、それを取りまとめるところまで、もう一歩だった、という話だった。
 
ここでお断りを一つ。本書は奥付に、「私家版」と入っている。果たしてこれは、公にしてよいのかどうか。非常に迷う話で、だからこのブログは、許可を得ずに書いた。

とにかく、西村玲さんのことは、ブログにどうしても書きたかった。

14年間、トランスビューにいて、西村玲さんの『近世仏教思想の独創ーー僧侶普寂の思想と実践』だけは、私が編集者であったから出来た本だと思う。そのことを、どうしても書いておきたかった。私も、仕事の上で、何かの役には立ったのだ、と、そう思いたい。

(『〔私家版〕西村玲 遺稿拾遺ーー1972~2016』
編集・発行 西村茂樹・西村久仁子)

この記事へのコメント