それにしても、なぜ?――『〔私家版〕西村玲 遺稿拾遺――1972~2016』(1)

西村玲さんが死んだ。自殺だった。
 
2016年2月2日夕方、市役所に離婚届を提出した後、首を括って死んだ。四十四歳だった。
 
私は末木文美士先生から、亡くなったことを、メールを頂いて知ったが、あまりに唐突で、何が何だかわからなかった。
 
西村玲さんはアトピーを持っておられたので、それが急速に悪化したのかと思った。そのくらいしか、考えようがなかったのだ。
 
今度、ご両親が編まれた、『西村玲 遺稿拾遺ーー1972~2016』を頂いて、それが自殺であることが、初めて分かった。
 
それにしても、考えられない。そういう思いを持って、本を読み進めていった。
 
西村玲さんと初めて会ったのは、2005年のたぶん6月ごろ、彼女が東北大学大学院の博士課程を修了し、日本学術振興会特別研究員(SPD)になって、すぐの頃だった。

所属は東京大学の、末木文美士先生の研究室で、専攻は日本思想史だった。
 
末木先生のところで、日本思想史を研究するといえば、当然、仏教と重なる面が出てくる。
 
もしそういうのを本にするのなら、トランスビューがいいのではないか、と末木先生が考えられたとしても、不思議ではない。この辺は、日ごろのお付き合いのおかげである。
 
末木先生のところで、西村玲さんに会ったのだが、初めて会ったときから、たちまち、その明晰さに魅了された。
 
たしか、丸山真男のことが話題に上った。私は編集者なので、例によって、人の口真似、口移しで、いい加減なことを述べていたのだが、そのとき返してくる応答が、実に的確で、というより、対象との距離が正確に取れていて、何というか、舌を巻いた。
 
そのとき西村さんは、近世の僧侶、普寂(ふじゃく)について、本を書こうとしていた。
 
こういう学術書は、専門家向けに出すので、通常の流通には載せられない。部数も500からせいぜい800まで。文部省の科学研究費補助金(科研費)をもらって、本にする。
 
著者に対する印税はない。その代わり、できた本を何冊か進呈する。これは科研費の決まりで、そうなっている。
 
このころ西村さんから、本に入れようと思う論文を受け取った。

「合理の限界とその彼方ーー近世学僧・普寂の苦闘」
「日本近世における絹衣論の展開ーー禁絹批判を中心に」
「蚕の声ーー近世律僧における絹衣禁止について」
「聖俗の反転ーー富永仲基『出定後語』の真相」
 
難しい内容だが、明晰に、しかも上手に書かれていて、読めば私などにも、話が分かり、けっこう面白い。もちろん論文は、これで全部というわけではない。
 
一方で私は、日本学術振興会に科研費をもらうべく、申請書類を提出した。
 
ところがこれが、学術振興会の審査をパスせず、科研費をもらえなくなったのである。

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