惜別と郷愁――『新・旧 銀座八丁 東と西』(2)

坪内さんは若い頃、雑誌『東京人』の編集者だった。そのころ編集者として、銀座に人が住めなくなった理由を、取材したことがある。

「取材を進めて行く内に、住めなくなった最大の理由が消防法の改正であることがわかった。つまり、店舗として営業する場合、防火用のスペースを一定以上とることが義務づけられ、住居スペースがなくなってしまったのだ。」
 
これは全然知らなかった。私一人ではなく、たぶん知っている人は、ほとんどいないのではないか。消防法を変えることが、街の景観を、がらりと変えてしまうことになるとは。
 
坪内さんは、本書のプロローグの最後を、こんなふうに締めくくっている。

「その資料と私の経験した昼の銀座と夜の銀座、さらには現在の銀座のフィールドワーク、銀座人たちへのインタビューなどによって、二〇二〇年の東京オリンピック前の銀座を総合的に書き記して行きたい。総合的、つまり銀座一丁目から八丁目までの東と西、計十六回連載する予定だ。乞うご期待。」
 
うん、期待しますよ(なんか、合いの手としては、間が抜けているようだけど)。
 
で、まず最初は、「銀座三丁目 西」。

「……『プランタン』のところまで歩いて行ったら、『プランタン』は閉店セールをやっていた。年内終了だという。
 八〇年代に建てられたものまで取り壊されて行くのか。」
 
そう、こういうことなんだ。それにしても、プランタンが消えていくとはね。

そして新しい銀座が見えてくる。

「……マロニエ通りを中央通り方向に進み、三丁目の角に立つ。
『シャネル』のビルだ。しかも驚いたことに中央通りの向こうは『ルイ・ヴィトン』、マロニエ通りの向こうは『カルティエ』、そしてもう一つの角に『ブルガリ』。
 なんてこった。
 今の若い女性にとっては、たぶん、銀座の中心は四丁目交差点ではなく、二丁目交差点なのだ。
 私は、時代に取り残された浦島太郎だ。」
 
本当になんてこった、だ。そして、そういうブランド・ビルに囲まれて、はっきり「浦島太郎だ」と、言い切るところがおかしい。
 
坪内さんの銀座話は、ディテールが面白い。というか、そういうディテール以外には、何もない、と言ったら言い過ぎだろうか。細部にこそ、神は宿りたもうのだ。
 
だから本当は、こまごましたところを挙げていくのが、面白いのだが、それでは結局、全文を引くことになってしまう。だから、私が恣意的に引くもので、全文を推測していただきたい。

この記事へのコメント