惜別と郷愁――『新・旧 銀座八丁 東と西』(1)

2年前、坪内祐三の『続・酒中日記』のブログの結びに、こんな文章を書いた。

「ふつうは65歳かそこらあたりで、みんな立ち止まり、人生を考えるものだろう。僕の場合は、それが劇的に来てしまった。病気する前にかろうじて備わっていた、本を読むことと、文章を書くということを除けば、もう何にもない。そこは、はっきりさせなければいけない。僕はもう、元の僕ではない。
…………
坪内さんの『酒中日記』正続編は、「酒場の磁場」をありありと描いている。そうであることによって、僕に、もうそういうところへは行けないという、寂しい断念を迫ってくる。」
 
これはつまり、坪内さんのものは、もう読まないという、断念を記した言葉でもあるのだ。
 
でも、やっぱり駄目である。
 
坪内さんは、かつてあった東京、というテーマでは、余人の追随を許さない、というより、この人だけが、こういうテーマで書くことができるんじゃないか。
 
記述の正確さなんかじゃないんだ。もちろんそれもあるけれど、そこにある、圧倒的な郷愁、そして惜別。それが次々に、襲いかかり、沁みわたってくる、胸いっぱいに。それがたまらない。
 
この本は、東京でも銀座、それも一丁目から八丁目までを、東と西に分けて記述していく。
 
そういえば、「銀座九丁目水の上」という、神戸一郎の歌があったっけ。銀座九丁目は地図の上には無い。もう港に出てしまう。♪今宵は船で過ごしましょう、という甘い歌だった。
 
それはともかく、坪内さんの銀座だ。なぜ今、銀座を書かなきゃいけないかというと、2020年に東京オリンピックがある。それで東京という街は、激変するに違いない。銀座も、急激に変わっていくに違いない。
 
かつて銀座には、古いものも残っていた。

「三信ビルや交詢ビルといった戦前からの建物も残っていた。
 二十一世紀に入ってそれらのビルが取り壊された。それだけでなく『松坂屋』デパートや『ライオン』銀座五丁目店や、そばの『よし田』の旧店舗も消えた。
 だから書き始めなければ。」
 
そういうわけで、新旧の銀座八丁の東と西を、隈なく書き記そうというのである。

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