誰に向かって書いてる?――『願わくは、鳩のごとくに』(1)

これは山田太一が、『夕暮れの時間に』で取り上げていた。「さすが大人の物語」という題で、文庫解説を収録してある。
 
それにいわく。

「軽く見せて複雑で、いわないことはちゃんとあり、ユーモアを忘れず、人生の深淵も時にはギラリと布石され、艶だって少しだけれどあり、重い歴史も哀愁もあり、私は読みながら何度も『うまい』『まいった』と内心だが声をあげて楽しんだ。」
 
これだけ称賛されれば、読まずにはいられない。
 
著者の杉田成道は、テレビドラマ「北の国から」を、22年間に渡って演出してきた人である。その人が57歳のとき、27歳の女性と結婚した。そして3人の子を得た。これはその成り行きを描いた、「私の物語」なのである。
 
山田太一の終わりは、こうなっている。

「……ちょっとやそっとでは底が知れない人のめったにない『私小説』なのであった。面白かった。深かった。」
 
山田太一にしては珍しい、手放しの絶賛である。そこで読んでみる。
 
最初は、57歳男と27七歳女の結婚披露宴である。男は、最初の結婚で女房と死に別れ、再婚、女は初婚である。

「なにせ、五十七歳なのである。定年間際なのである。……新郎側の出席者はほとんどが六十歳を優に超えていた。
 対して新婦側は、新婦が銀行員から一念発起して、浪人、そして女子医科大へと入り直したことで、二十七歳ながら目下、大学二年生、友人たちは二十歳そこそこということになる。新郎側の出席者のほとんどがなにやらいわくありげな、複雑な笑い顔を交わしていたのに対し、芸能人に初めて会って屈託なく笑う新婦の友人たちは、さながら老人ホームに慰問に来た女子大生グループと言えた。」
 
文章は自在、これで最後まで行く。
 
演出の場面はさすがに面白い。この人はしつこくしつこく、何度もやるようだ。

「……やる、やる、やる。何度もやる。
……俳優には、全体状況を把握してもらわなければならない。把握した上で、セリフを咀嚼し、何度も何度もやることで身体に言葉と意識をすりこむ。そして、本番の日にはすべて忘れてもらう。……
それでも、意識の下に残るものがある。それが、少しずつ滲み出て、余白が生まれる。この余白が演技だ。そう信じている。」

『北の国から』を長年にわたって演出した人は、核心を持っている。そうでなければ倉本聰と、長年のコンビを組めるわけがない。

でも僕は、『北の国から』を一度も、通して見たことはない。

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