日本語見本帳――『切腹考』(4)

この本のもう一つの柱は、死にゆく夫の看取りである。この本を書く二年前の春、著者は夫と一緒に、ロンドンに行った。

「夫は長旅に疲れ果て、タクシーによろぼい乗って行き先を運転手に告げたまま息も絶え絶えになっていた……」。
 
面白い、「よろぼい乗って」とは、じつにいい言葉だ。

「夫はそのまま、断末魔の形相のまま、ソファにひっくり返って動かなくなった。客死と書いてカクシと読むとわたしは考えた。二葉亭四迷もカクシ。芭蕉もカクシ。夫も、もしかしたらこのままカクシと心で何度も考えた。」
 
しかし夫は、まだ死なない。

「夫は老いの段差をウッカリと踏みはずし、がっくんと転げ落ち、その後、数か月のうちに、さらにいくつもの段々を転げ落ちていった。あれよあれよと歩けなくなり、手がふるえて、箸が持てなくなり、おしっこが洩れるようになり、うんこが拭けなくなった。……」
 
この後もこの調子が、さらにハイになって、延々続く。お分かりだろうか、これもまた詩なのだ。
 
これに、もちろんそうではない、通常の叙述も入る。

「去年の秋には、呼吸ができなくなった。医者に連絡を取ったら、ERに行けと指示されて、そのまま入院したら、心不全。腎臓の値がよくないのも見つかって、腎臓の専門医に送られて、腎不全。リュウマチ性の関節炎に脊椎管狭窄症、身動きするたびに疼痛に責め苛まれる。」
 
それでも夫は、まだ死なない。
 
そうして昨日のこととなる。夫はトイレで叫んでいた。トイレで転んで、うつ伏せになって、おしっこの中を泳いでいた。パンツやズボンや、むくみを取るためのストッキングを、全部脱がせて体を拭き、新しいのに着替えさせた。
 
ところが少したつと、もうだめである。

「しばらくして、あああ、と叫ぶので走っていくと、溲瓶の口からペニスがはずれて下半身がおしっこにまみれていた。パンツもズボンもストッキングも、ぜんぶ脱がせて体を拭き上げて、新しいのに替えた。三回目は、溲瓶を取ってくれと叫ぶから走っていくと、間に合わずにおしっこにまみれていた。
 本人は絶望していた。おれはどうなるんだろうと言うのである。」
 
さあ、どうなるんでしょうねえ、と言いながら、着ているものを全部脱がせると、べっとりうんこがついている。
 
ところがなんと、夫は拭かなくてもいいと、しらっとした表情で言うのである。

「そこでわたしは一計を案じ、あなたは気持ちがいいと思う、そうした方が、と言ってみた。すると、それなら拭いてもいい、おまえが拭きたいのなら、と夫があまりに厳かな調子で言うものだから、ありがとうございます、と思わずお礼を言いそうになった。」
 
素晴らしいオチである。詩というよりは、落語に近いけれども。
 
そして夫は、「死骸になり果てた」のである。

(『切腹考』伊藤比呂美、文藝春秋、2017年2月25日初刷)

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