端正な傑作――『ある男』

これも田中晶子が、夢中で読んでいたので、借り受けて読んでみた。

平野啓一郎は、『決壊』『ドーン』を読んだことがある。端正な文体で、作品を構築していくが、その端正さがちょっともの足りない、というかやや鼻につく、というところがあって、それっきりになっていた。

考えてみると、もの足りないのと、鼻につくは、正反対のことだが、しかしどちらも、そういうことがある。

今度の作品も、相変わらず端正な文章で構成してあるが、もの足りないとか、鼻につく、ということはない。それよりも、むしろこういうのは、今は好感が持てる。

これはこちらの問題で、たぶん伊藤比呂美ばかり読んでいたので、ちょっとげんなりしてたんだろう。

小説の構造はこうだ。

女と男が知り合い、惹かれあって結婚する。しかしほどなく、男は事故で死ぬ。女はそこで、愛したはずの男が、名前も戸籍も、全く別人だったことを知る。どうしていいか分からず、女は知り合いの弁護士に、調査を依頼する。

死んだ男は、殺人犯の息子で、それを隠すために、名前も戸籍も、別の人間と交換していたことがわかる。

しかし、これがメインの話かと言えば、そうではない。謎を追って活躍する弁護士は、家庭が不安定で、そちらの方が、むしろ話の本筋である。

名前も戸籍も、別の人間を騙っていた者と、弁護士という、社会的に安定した職業の人間と、どちらがまともな人間なのか、というか、愛し愛されるにふさわしい人間なのか。
 
後半、末尾に近く、弁護士が疑問を吐露する。

「……出会ってからの現在の相手に好感を抱いて、そのあと、過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものだとわかったとして、二人の間の愛は?」
 
しかし、そういう弁護士が、「その過去が、これまでのものだとわかっているとして、それで二人の間の愛は?」という渦中に、巻き込まれるのだ。
 
これは、何人もの登場人物が、嫌な人物も含めて、実に生き生きとしており、細部までが、流れるような筆で描き込まれた名品である。

(『ある男』平野啓一郎、文藝春秋、2018年9月30日初刷、10月10日第2刷)

この記事へのコメント