にわかには信じられない――『不死身の特攻兵―軍神はなぜ上官に反抗したか―』(4)

鴻上は「特攻」についても、資料を読み込んだ上で、深く考察している。

「特攻が『志願』だったのか、『命令』だったのかという問いかけの時に、司令官ではなく、隊員たちが書いた多くの手記は、『志願』の形をした『命令』だったと断じます。
 佐々木友次さんのように、はっきりと『命令』の場合もありましたし、『志願せよ』と命令した場合もありました。命令すれば、それは『志願』ではありません。」
 
しかしはっきり、「志願した」といえる場合もあった。それは、陸軍なら少年飛行兵学校、海軍なら予科練で、十代の頃から軍人教育を叩きこまれた場合である。

これなら批判することなく、特攻を受け入れるのである。この辺は、オウムと寸分たがわぬところだ。

なお一点、鴻上と、意見の全く異なるところがある。それは、特攻隊員の死である。鴻上は言う。

「『特攻はムダ死にだったのか?』という問いをたてることそのものが、亡くなった人への冒瀆だと思っています。死は厳粛なものであり、ムダかムダでないかという『効率性』で考えるものではないと考えるからです。」
 
僕は全く違う。「特攻はムダ死にだったのか?」その通りである。それは「効率性」などとは違う、人間性の基準に照らし合わせたとき、そう思う。

「特攻はムダ死にである」と断定する精神が、二度と特攻を生まないことに通じる。特攻なんて、本当に一度で十分である。

でもたぶん、二度、三度とやるだろう。骨の髄まで納得するためには、非常に不幸なことだが、歴史を見れば、そういうことを二度、三度、経験せざるを得ないだろう。そうならないようにしたいとは思うが、こればかりは、本当に如何ともしがたい。
 
鴻上は最終的に、次のように結論づける。

「特攻隊員の死は、『犬死に』や『英霊』『軍神』とは関係のない、厳粛な死です。日本人が忘れてはいけない、民族が記憶すべき死なのです。」
 
厳粛な結論だが、上の文章から、「『犬死に』や」を取ってほしい。
 
なお鴻上によれば、「特攻」を生み出した大西瀧次郎中将が、その当時、こんなことを言っていたという。
 
一つ目は、天皇が特攻のことを聞いたならば、必ず戦争を止めにしろというであろう。
 
二つ目は「……日本民族が将に亡びんとする時に当たって、身をもってこれを防いだ若者たちがいた、という事実と、これをお聞きになって陛下御自らの御仁心によって戦さを止めさせられたという歴史の残る限り、五百年後、千年後の世に、必ずや日本民族は再興するであろう、ということである。」
 
もちろん、特攻のことを聞いても、天皇は戦争を止めなかった。二つ目のことについては、これはもう「オウム天皇教」そのものである、としか言いようがない。
 
しかし、この大西中将の話には裏がある、と鴻上は指摘する。

「大西長官が神風特別攻撃隊の編成を命令する以前から、組織として特攻兵器の生産に、海軍中枢が関わり、決定を出していることがやがて分かってきました。
 陸軍は言わずもがなです。」
 
戦争中は、みな「オウム」病に罹っているから、上層部は同じことを考える。しかし、戦争が終わってしまえば、なんてバカなことをしたのだろうか、こんなことをしでかしたとあっては、戦争が終わって表は歩けない、そうだ、自決した大西中将一人の責任にしてしまえ、ということなのだ。

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