漱石の全体像とは――『編集者 漱石』(6)

明治三十七年、高浜虚子の依頼で、『吾輩は猫である』が書かれる。このへんも、長谷川さんは実にうまく描写している。

「猫の気儘な動きが描く柔軟な抛物線が、『吾輩は猫である』の俳味溢れる着想をもたらした……」。

「猫の気儘な動きが描く柔軟な抛物線」と「俳味溢れる着想」という、意想外の組み合わせが、ここでは抜群の効果を上げている。
 
このときの高浜虚子と漱石の会見は、一国の文学史を書き換えるような、と思わず書いてしまいそうになる場面である。

「この場合は、虚子が編集者の役割を見事にこなして、漱石は発見されたのである。漱石の精神状態を読んでタイミングを図った、虚子の勘を褒めるべきだろう。『今迄山会で見た多くの文章とは全く趣きを異にしたものであつたので少し見当がつき兼ねた』とあったところに、編集者としての喜びと同時に、不安と緊張が表現されている。」
 
さすがは元編集者、それも名うての編集者であれば、虚子の不安と緊張は、手に取るようにわかろうというものだ。
 
しかし一方、長谷川さんは今では著者、それも超一流の著者でもあるのだ。すると、どういうふうになるか。

「漱石の方でも、身は緊張につつまれて、眼差しだけが自作の原稿を捲る虚子の指先を注視していたことと想像される。」
 
ここは漱石が、どんな思いで原稿を渡していたかが、もっともよく分かろうというものだ。長谷川さんが言ってみれば、漱石に乗り慿る。「眼差しだけが自作の原稿を捲る虚子の指先を中止していた」、その漱石の視線が、長谷川さんの視線に、ぴたりと重なり合う。
 
漱石はまた、このころ「倫敦塔」を書いている。友人に送った葉書に、褒めて下さいと書いたり、その数日あとの手紙では、読み返してみると全然面白くない、前言は取り消す、と書いたりしている。
 
長谷川さんは、ここに着目する。

「表現者に特有の主観と客観、昂揚と落ち込みがめまぐるしく入れ替る心理の動きが観察できるようで、面白い。そこに意識の充実があったと見るべきだろう。」
 
長谷川さんは著者だから、漱石の心理が、手に取るように分かる。しかし問題は、編集者としての漱石である。

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