ハードボイルドと見せて、じつは――『泥濘(ぬかるみ)』(2)

「話の筋はこうや。二蝶会の桑原が、組長・嶋田に、こんなことをしゃべってるんや。

『あの事件で不起訴になった元警視の岸上いう経営コンサルが、白姚会と組んで大東の「悠々の杜やすらぎ」いう老人ホームを乗っ取って、理事長におさまったんです。「やすらぎ」にはさっきいうた歯医者が出張診療に行ってて、入居者の保険証を不正受給に使うてたんやけど、その不正受給にからんでワルどもが稼いだ裏の金を攫えんか、いうのが飯沢のネタですわ。』
 
これを横からかすめとろちゅうのが、今回の発端やけど、なんとここまでで、五百ページのうち、おおかた半分や。」

「しかし、なんや、ややこしいなあ。高次脳障害には無理やで。」

「しかもこの話は、蛇行してて、こういうふうには、ぜんぜん進まへん。結局は、老人ホームを乗っ取った警察のOBが、その先へ行くと、オレオレ詐欺の元締もやってる、という話なんやわ。」

「それはまた、むちゃくちゃな。しかし、そんな話だけで、五百ページも持つんかいな。」

「さあ、そこや。話の筋はハードボイルドやけど、そうとみせて、実は桑原と二宮の掛け合い漫才なんや。」

「ふーん。まあもともと、そういうとこはあったけどな。しかし、主従逆転して、漫才が前面に出てくるとは、驚きやなあ。」

「お前、そういうの、好きやろ。」

「うん、俺はやすし・きよしみたいなモダンなやつより、エンタツ・アチャコの、格式ばった、背広着てる漫才が好きなんや。知ってるか、オバンの岩石落とし、知らんやろ。」

「なんや、それは。しかし、えらい古いなあ。おおかた五、六十年前やんけ。そのくらいやと、ダイマル・ラケットのほうが、懐かしいなあ。ほれ、あの『スチャラカ社員』の前にやってた『どろん秘帖』。いまでも歌、覚えてるで、〽どーろん、どーろん、ぱっぱっぱっ~」

「懐かしいな。エンタツ・アチャコは、藤田まことの『てなもんや三度笠』の前にやってたんや。」

「しかし、そんな昔の漫才とは、違うんや。というて、やす・きよほど軽快やない。そんなことしたら、ほんまに、ただの漫才になってしまう。」

「そうすると、やす・きよのちょっと前に、焦点をもってくると、……これはもう、はんじ・けんじしかおらんね。」

「うん、それや。」

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