治療法はあるか――『イップス―魔病を乗り越えたアスリートたち―』(2)

イップスは心理的な要因だけでなく、技術的な要因でも発症する。だからインタビューしていても、問題が多岐にわたりすぎていて、もうひとつ求心的に話がまとまっていかない。

五人分で五章を割いても、章ごとに拡散して、読んでいてあまり面白くない。
 
ところが、最終章の「イップスのメカニズム」だけは、なかなか面白いのである。
 
スポーツや音楽では、その道の専門家になるには、一万時間かかるといわれている。これを「一万時間の法則」といい、一日三時間の練習で、おおよそ十年間になる。

「練習量が1万時間を超えると、調整の段階に入るという。1万時間に到達するまでは、練習をやればやるほど上手くなるが、そこを超えてしまうと、練習している意味はあまりなく、練習量を取る必要はあまりないのだという。」
 
そうして1万時間を超えるとき、イップスを発症するのだという。
 
1万時間は、個人によって誤差はあるだろう。しかし調整の段階に入ると、イップスが現れるというのは、なんとなく、そういうものかと思ってしまう。
 
そして、なんと日本古来の弓道にも、イップスはある。稲垣源四郎の『弓道入門』には、次のようにある。

「はやけ 矢を引いて法のごとく納まらず、自分の意に反して離してしまう病。これには精神的に起こるものと射術の不備からくるものとがあり、難治とされている」
 
まさに、イップスそのものではないか。
 
イップスは、同じ練習を重ねていくと、それがピークに達して、発症する。これは医学的には、あまり聞いたことはないが、ジストニアと呼ばれるものである。
 
ジストニアとは、大脳に障害が起こり、筋肉に意思を伝えようとする中枢神経が、異常をきたす。これは過度に筋肉が作動して、目的通りに運動ができない、という障害である。
 
具体的に、どういう症状が見られるかといえば、NPО法人ジストニア友の会のホームページに、次のようなものがある。

「自分の意思通りに筋肉が動かなくなるわけだから、首が上下左右に傾く。足がねじれる。瞼が勝手に閉じようとする。声が出ない。鉛筆や箸が持てない。口が開いたままで閉じられない。口を閉じたまま開けられない。特定の楽器がひけない。そんな事例が見られる。」
 
こうなると、キャッチボールの比ではない。
 
最後に神経内科の准教授が、イップスに関して、面白いことを言っている。

「筋肉じゃなくて脳なんですよ。コンピューターのCドライブがいっぱいになると動かなくなるからDドライブに移すしかなくなる。あるいはいらないファイルを捨てるか。そうしないと動かないのと一緒です。」
 
一切の情報を遮断することが必要というのは、いかにもこの時代ならではの、逆説的な処方箋といえる。

(『イップス―魔病を乗り越えたアスリートたち―』
 澤宮優、角川書店、2018年1月26日初刷)

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