続・「天才」の謎に挑む――『鬼才伝説―私の将棋風雲録―』(1)

やはり藤井聡太六段が、気にかかる。

だいたい藤井聡太四段が、あっという間に、六段である。この間、五段でいたのは、半月ほどもなかったという。そんな馬鹿な!

しかし、規定はクリアしている。しかも今年のうちに、七段に上がりそうだという話だ。師匠の杉本昌隆と同じ、「七段」だよ。

弟子が師匠を追い抜いてゆくのは、よくあることだから、それは別にどうということじゃない。しかし、そのスピードが速すぎやしませんか、というのである。

そこで今度は、天才が自ら語ったものを、読んでみることにした。

そうは言っても、藤井六段は、高校生になって、まだ一月もたっていない。そこで、元祖天才・加藤一二三のものを、読むことにする。

『鬼才伝説』というが、サブタイトルの『私の将棋風雲録』の方が、メインのタイトルにふさわしい。でもまあこれは、しょうがない。げんに僕も、このタイトルに惹かれて、買ってしまった。
 
まず最初は、大山康晴十五世名人。加藤一二三の、この人に対する見方は、独特だ。

「大山流の将棋は一言でいえば気合いだ。あの人は理論派ではない。私はその手で自分が負けたとは思わなかったが、相手に響くような戦い方ができる人だった。
 その手を見ると相手はある意味、感動する。升田九段の将棋にそういったところはない。」
 
大山名人の勝負哲学は、「人間はまちがえる動物である」というものだが、これを見ると、「まちがえろ、まちがえろ」と念じて、勝負していたような気がする。
 
ここでは、大山と升田の対比が、人の言わないことを語って、見事である。天才の見方からすれば、こういうふうになるのか。
 
加藤は大山名人に対して、親しみを感じている。

「大山名人とは、会話をしたり食事をしたりと将棋以外でも交流があった。私に対してある種の気安さを感じていたのかもしれない。」
 
世間では、指し手のうえでは、大山は加藤を、なぶり殺しに近い目に遭わせ、その結果、神武以来の天才が、迷って指せなくなった。すぐに一分将棋になるのは、そのせいである、という説が、まことしやかに信じられていた。
 
かつて五味康介などは、なかなか止めを刺さない大山の素町人根性が、加藤の天才をダメにした、というようなことをいっていたが、当事者は、少なくとも加藤は、ぜんぜん違うことを考えていたのだ。
 
この章の最後に、大山と升田を比較した、端的な話が出てくる。
「升田語録には凡庸ではない言葉遣いに魅力がある。大山語録は地味ながらどこを取っても面白い。」
 
大山や升田を相手に、天才・加藤はどうどうと対峙している。

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