書かれてあることの、その先を――『飼う人』(3)

しかしその前に、二作目の、ウーパールーパーを飼う男の話だ。

ところでウーパールーパーは、ひところテレビでも流行ったことがあったが、憶えているだろうか。

「顔を近づけて見ると、カエルに成りかけのおたまじゃくしのような手と足が生えている。目は赤っぽく、ヘリコプターから飛び降りてスカイダイビングをする人のように手足を伸ばし、水中で静止していた。」
 
感じは出てるけど、これだけでは形態のスケッチで、もの足りない。

「頭部の周りに、幼稚園児が描く太陽やライオンの絵のような縁取りがある。さらによく見ると、それはススキの穂のような形状で、左右に三本ずつ突き出していた。
 それを時折フサーッフサーッと扇ぐように動かして――。」
 
これなら、生きているウーパールーパーは、手に取るように鮮やかだ。とはいえ生物図鑑ではないから、本題に入ろう。
 
主人公は大学の英文科を出て、採用試験を受け、JN裁断機というところに入る。

「JN裁断機は、薄手の絹地から厚手のジーンズ地やレザー地まで、あらゆる生地のサンプル裁ちや重ね裁ちができる裁断機を販売している会社だった。」
 
最初は仕事も福利厚生も、ちゃんとした会社だったのが、徐々に左前になり、ついには自殺者が出る。主人公は七年目にして、希望退職という名で放り出される。
 
それで男は、二十九歳でふたたび家族と同居することになる。家族は父と母と兄だが、この関係がうまくいってない。

「家庭は本来、家族一人一人の感情が複雑に絡み合って根を張っているものなのに、この家では切れて垂れ下がった電線に近づかないように互いの感情に接触することを避けている。」
 
仕事が徐々にうまくいかなくなるところもうまいが、主人公の家庭の描写も、なかなか見事だ。互いの関係が、「切れて垂れ下がった電線に近づかないよう」、触れないようにしている、というところなどは、思わずあれこれの知っている人を思い浮かべてしまう。
 
主人公は、今ではコンビニで働いている。その描写も秀逸だ。

「店長の奥さんは、たまに店に来ても、店長とは口をきかない。店長は以前『コンビニで失ったものは、のんびりできる休日、仕事に対するやりがい、将来の夢、生き甲斐、夫婦の会話、だね』と冗談っぽく本音を漏らしていた。」
 
なんだか、ずっと前に読んだ『コンビニ人間』を思い出す。コンビニは、都市生活においては、すでに欠くべからざるものでありながら、その底に、何か非情なものを秘めた空間なのだと思う。そこがストレートに出ている。
 
終わりにきて、主人公は、行き場がなくなってしまう。兄が結婚し、相手のお腹の中に子どもが出来ているので、家を出ていかざるを得なくなる。その直前の、進退窮まったところで、一篇は閉じられる。

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