この番組だけが違ってた――『久米宏です。―ニュースステーションはザ・ベストテンだった―』(6)

そして、久米宏の生き様が見えるという点では、毎日一時間以上、ニュースを読み、解説する『ニュースステーション』は、最高の舞台だった。

「枠にとらわれないといっても、ニュース番組である限りキャスターのコメントには一つの方向性が必要だ。どこに軸を置くか。ひと言でいえば、それは『反権力』だ。」
 
ここが最も大事なところだ。「反権力」ということが、骨の髄まで、身に染みて、信念になっているのかどうか。
 
結局、久米の『ニュースステーション』を見続けたのは、その姿勢にブレがなく、ついに初めから終わりまで、その点においては首尾一貫していたからだ。

「メディア、特にテレビや新聞報道の使命とは、時の権力を批判すること以外にはないと僕は信じている。・・・・・・現政権がどんな政権であろうが、それにおもねるメデイアは消えていくべきだ。」
 
ニュースを選ぶ段階で、公正・中立なニュースは、そもそもありえないことになる。ここは、「公正・中立」のそぶりをするNHKとは、真っ向からぶつかるところだ。
 
そして、どうせ「中立・公正」が選べないのなら、『ニュースステーション』は反権力でいった方がいい、となる。

「極端にいえば『政府がすることは何でも批判しよう』というくらいの気持ちでいた。
 ・・・・・・
 ここは揺るがない立脚点だった。だから僕のコメントは自民党政権が続く限り、自民党にとって耳障りなものとならざるを得なかった。」
 
なぜ自民かといわれたら、それは時の権力者が自民党だから。それ以外に理由はない。ところがこれが、けっこうわかってないテレビ・キャスターが多い。あるいはポーズとして、反権力を気取っている者が多い。久米宏のあとでは、そういう連中がわんさかいた。
 
またこれは後に、朝日新聞が従軍慰安婦などの問題で、窮地に陥ったときに、吹き上げてきたことだが、「国益」をどう考えるか、というのもあった。
 
これも久米は、じつに明快に答えている。

「ジャーナリストは国益を考えてはいけないんです。それで第二次世界大戦の悲劇を生んだんですから。ジャーナリストは真実だけを考えればいいんです」。
 
これは朝日が矢面に立ったときに、たとえば元共同通信の青木理が、声を大にして言っていたことだ。
 
久米宏は、じつは『ニュースステーション』を始めるにあたって、ひそかに決意していたことが二つあると言う。

「一つは、僕たちは自由に発言し行動していいという生き方を伝えること。そしてもう一つは、自分が生きているうちに日本が再び戦争をしないようにすることだ。」
この二つの軸は、ぶれることがなかった。

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