デザインの見方――『塑する思考』(3)

『明治おいしい牛乳』のデザインを生むにあたっては、紆余曲折があった。そもそもこの牛乳のネーミングにしてからが、決まっていなかった。何百という案の中から、何度も調査が重ねられ、著者のところに上がってくるときには、3点に絞り込まれていた。
 
ところがその3点が、どれもよくない。1つ目は「美味」。「びみ」と読んで、これは瞬時に意味を感じ取れる。2つ目はアルファベットで、「PURE‐RE」。「ピュアレ」と読む。3つ目が「明治おいしい牛乳」である。
 
著者は、はっきりいって3つとも気に入らない。「美味」は、いってみれば高級料亭で出てくるような味わいで、気持が引けてしまうだろう。

「ピュアレ」は、おしゃれな若者にはいいかもしれないが、牛乳は子どもから老人まで飲むものだ。そこで「ピュアレ」といっても、どうもピンと来ない。

「明治おいしい牛乳」は、「おいしい牛乳」というのが一般的過ぎて、商標登録ができない。

「少なくともこれはないな、と思いました。商標登録の問題以前に、これがそもそもネーミングになり得るのだろうか。提供する側から『おいしい』と言っていいものなのだろうか。美味しいかどうかは買って飲んだ人が判断することではないのか。」
 
けれども明治乳業が、この3点のどれかでいくのだから、ともかくデザイナーとしては、形にしなくてはいけない。こうして著者の悪戦苦闘が始まる。

この箇所は本当に面白い。デザイナーの働いている頭を、そのまま取り出して見ているような気がする。

そして著者は、最初にできた20ほどの案に、1つだけ、方向性の違うものを入れてみるのである。それは、「できるだけデザインを感じさせない」、異色の案だった。

「基本的には単純に、太くて大きめの楷書体で『おいしい牛乳』を縦に置いた素直なデザインです。・・・・・・他の案と比べて見ていくうちに、どうもいい感じがしてきたのです。その気配は、ニッカのピュアモルトウイスキーの時と通じていました。すなわち『デザインをする』のではなく、『できるだけデザインをしない』方向。」
 
もちろんそのあとも、紆余曲折はあるが、その困難を乗り越えて、いま食卓に登場する「明治おいしい牛乳」が生まれたのだ。
 
この本を読んで以来、毎朝、「明治おいしい牛乳」のパッケージを一渡りじっくり見ながら、パンを食する癖がついた。

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