出版の裏表を全部語る――『風から水へ―ある小出版社の三十五年―』(2)

その後、鈴木宏さんは、国書刊行会で編集の仕事をする。その内容は、小出版社なら、みんなやっていることだ。

「著者、訳者と企画の相談をし、会社に企画書めいたものを提出し、上司と話し合い、著者、訳者に原稿を依頼し、ときどき催促する。原稿ができあがれば、赤字で指定を入れて印刷所にまわす。装幀を依頼する。校正し、校了にし、見本をチェックする。これはこれで、もちろん面白かったし、・・・・・・それはそれで『幸福』でした。」
 
本当に、こういう時期があるのだ。僕の場合は、二度目の会社がそうだった。
 
著者はここで、『世界幻想文学大系』や『ゴシック叢書』を手がけることになる。『幻想文学大系』のブック・デザインは、杉浦康平。著者が出版を志すようになってから、最初に出会ったブック・デザイナーだったという。著者はここで、もう出版の女神に魅入られているのだ。

「杉浦さんは、非常にはっきりしたポリシーをもった方で、いっさい(といっていいのかどうか分かりませんが)『妥協』ということをしない方でした。簡単に言うと、『私のプラン通りにやってください。無理なら、どなたか別の方に頼んで下さい』ということです。もちろん私は、杉浦さんの『造本』プラン通りにやりました。」

駆け出しで、「造本」と「装幀」の区別もできない、新米編集者の著者は、当代並ぶもののない、超の付く一流デザイナーに、「それと明確に認識することもなく、『猪突猛進』の精神で」、十五巻ものシリーズの「造本」を頼んだのである。

これを、ただ幸運なだけの出会いとは呼ぶまい。たとえ駆け出しであろうと、著者は杉浦さんと、十五巻もの仕事をしたのだ。著者は、杉浦さんに、編集者として選ばれたのである。
 
並行して取りかかることになった『ゴシック叢書』は、装幀を加納光於に依頼した。駆け出し編集者には、大きすぎる名前である。しかしこれも、いってみれば編集者として「コンビ」を組んで、装幀の仕事を成し遂げている。こういうことは、なんでもないことのように書かれているが、著者はこの段階で、選ばれているのである。

そして、かの『ラテンアメリカ文学叢書』に挑むことになる。

「・・・・・・六〇年代に欧米の読書界にときならぬ「ブーム」を巻き起こしたラテンアメリカの現代文学をある程度まとめて紹介しようとしたものです。その鼓直さんに編集責任者になっていただき、斎藤博士さんの翻訳によるボルヘス+ビオイ=カサーレス『ブストス=ドメックのクロニクル』を第一回配本、鼓直さんの翻訳によるカルペンテイエール『時との戦い』を第二回配本として、刊行を開始しました。」
 
この広告は、今でも鮮明によみがえってくる。僕はこの中では、コルタサル『遊戯の終わり』、マヌエル・プイグ『リタ・ヘイワースの背信』、オクタビオ・パス『弓と竪琴』、カルロス・フェンテス『聖域』、ガルシア=マルケス『ママ・グランデの葬儀〛、バルガス=リョサ『小犬たち/ボスたち』などを読んだ。
 
これは、毎月一冊刊行であったという。すべて本邦初訳で、このペースは信じられないが、しかし、これはという企画が、燦然と輝くときには、こんなことも起こりうる。著者は、大変ではあったものの(それは当然そうだろう)、紀田順一郎や荒俣宏らと企画を相談したり、訳者をお願いしたりするときは、とても楽しかったという。

『ラテンアメリカ叢書』の装幀は、中西夏之。中西は、本の装幀はできない代わりに、一冊につき一点、ドゥローイングを提供するという。

「そのドゥローイングを見返に四色で使わせていただくことにしました。全十五巻、すべて違う作品です。われながら、非常に豪華な見返だったと思います。いまなら、こういう、いわば『ぜいたく』な使い方はできません。」

こういうことができれば、もう編集者としては、もって瞑すべし、あとは余生といってもいいくらいだ。

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