通読小説ではあるが――『罪の声』(2)

もちろん本筋の描写も、きびきびしていて、なかなか上手いところもある。

「生島と青木が手を組み、必要最低限の人数で、質の高い犯罪者集団が誕生したようにも見えた。だが、彼らは決して対等ではなかった。時間が経つごとに〝プロ〟と〝アマチュア〟の自力の差が徐々に表面化する。」
 
これは、犯人グループが二つに割れるところ。もちろんこれは、作者の空想である。実際には犯人たちは、闇に紛れたまま消えて行くから、仲間割れは起こしていない、たぶん。けれどもこう描かれると、いかにも、と思えてくる。
 
こういう犯罪劇は、時代の背景をどこまで書き込むかで、奥行きが違ってくる。そこは腕の見せどころだ。この時代は、株をめぐって、いくつもの大きな事件が起きていた。

「犯人グループが摂津屋(=これは架空)へ脅迫状を送った約三ヵ月後、被害総額約二千億円の巨額詐欺事件を起こした豊田商事会長の永野一男が、マスコミの衆人環視の中、自宅マンションで自称右翼の二人組に刺殺された。その翌日『兜町の風雲児』こと中江滋樹が投資ジャーナル事件で逮捕される。第一次サラ金パニックの真っ只中で、拝金主義者たちが時代を闊歩した。」
 
また時代背景も、騒然としていた。
「・・・・・・八月十二日、五百二十四人を乗せた日航機123便が群馬県の御巣鷹山に墜落。その日を境に、人々の耳目は史上最悪の墜落事故に集まる。それから約一ヵ月後の『プラザ合意』により、日銀が公定歩合を引き下げ、日本は実体なきバブル経済へと突き進んでいく。」
こうして読んでいくと、なんだかあの頃が蘇ってくる。
 
通俗小説といえばその通りなんだけど、最後に一点、こんなところがある。最後に近い場面である。

「子どもを犯罪に巻き込めば、その分、社会から希望が奪われる。『ギン萬事件』の罪とは、ある一家の子どもの人生を粉々にしたことだ。」
 
こういうところが、じつにいい押さえになっている。僕は終わりまで読んで、ちょっと感動した。

(『罪の声』塩田武士、講談社、2016年8月2日初刷、9月21日第四刷)

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