ちょつと変わった自叙伝――『アはアナキストのア―さかのぼり自叙伝―』(1)

著者、大澤正道の略歴を見ると、1927年生まれとある。そろそろ90歳に近い。東大の文学部哲学科を出て、平凡社に入り、編集局長、出版局長、取締役を経た人とあるので、その筋では有名な人かも知れない。しかし僕は、「その筋」ではないので、ぜんぜん知らなかった。
 
著者にはもう一つ、アナキストとしての活動家の顔がある。東大在学中からアナキズムに傾倒し、日本アナキスト連盟の機関誌の編集を担当している。
 
平凡社の重役まで務めたアナキスト、というのは、いかにも座りがわるいが、これは自伝を全部読めば、なるほどと分かる。
 
この自伝は、サブタイトルにあるように、近いところから遠いところへと、通常の自伝とは、叙述が逆方向を向いている。「はじめに」を読んでも、なぜこういうことを企てたのか、よくわからない。
元編集者が、ちょっと気取ったのかもしれないが、これは僕には、重大な考え違いだと思われる。
 
その前に、まず中身を読んでみよう。
といっても、アナキズムに関わるところは、退屈というか、まるでピンとこない。離合集散、人がごちゃごちゃ集まって、なにやらやっているが、所詮はアナキスト、それ以外の人には、およそ関係がない。ということは、大方の日本人には、関係がないということだ。
 
そこで目はどうしても、平凡社の方へ向く。平凡社も、いい時代はもちろんあった。百科事典の売れた時代、林達夫を先頭に立てて、辞典以外にも、たとえばアンソロジーの『現代人の思想』全22巻というのがあった。
 
著者は、この企画を手がけていたころが懐かしい。たとえば同シリーズの『未開と文明』の巻の、編集・解説は山口昌男がいい、と推薦してくれたのは林達夫だった。

「そのころの山口は売り出しの最中で、『岩波にだけは書かない』と意気軒高としていた。
 当時の若手の学者には山口のような意気盛んな連中が大勢いた。今になって考えてみると、彼らは学者の砦だった岩波にたむろする古手の学者に強い対抗意識を持っていて、発表の場を求めていたのだろう。」
つまり、そういう時代だ。

この『現代人の思想』は、B6判、8ポ2段組み、平均400ページである。8ポ2段という組みは、今では信じられない。しかも平均400ページ。昔は、書物に挑む、という感じがあったのだ。

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