手触りのある追悼――『夫・車谷長吉』(2)

まだ新婚の頃、高橋順子は、第二回ヴァルドマルヌ国際詩人ヴィエンナーレに参加するために、十日余り、ヨーロッパに滞在したことがある。帰国してみると、夫から妻宛てに、自宅に、葉書が来ていた。

「『ああ、順子。/ああ、順子さん。/私はいまこの古家の中の、あなたが/いない静寂の中で、/木枯しの音を聞いています。/長吉。』
『あれっ』と言うと、長吉は照れたような顔をしていた。さみしくて、私に葉書を書いたのだが、パリではなく、自宅宛てに投函したのだ。いない私、私の魂に。」
 
夫の手紙は、妻の魂に届いたのだ。二人で暮らしてゆくことに、これ以上、何を付け加えることがあろうか。
 
車谷長吉の話は、誇張が多い。ある人は、五割引きで聞いているというし、またある人は「拡大コピー」と言った。
「私はそれに斜体がかかっていると思う。仕事の面で注意されたこともあるそうだ。呆れるよりも、心配になる。」

でも妻は、怒りはしない。そこが大事な点だ。
 
また、こんな文章もある。
「三月六日、長吉の慶応義塾時代の友人たちと大磯で会食。・・・・・・近くの寺の境内は梅の花が満開でたくさんの目白を隠しており、楽しかった。」
 
別に夫婦のもつれを、綴った文章ではない。何ということのない一文だが、「たくさんの目白を隠しており、」というところが、忘れがたい。
 
そうかと思えば、こんな文章もある。
「私が友人の朗読会に行こうとすると、『朗読会なんて行く必要はない。お義理なんだろう。義理とお義理はちがう。』」
朗読会の内容はともかく、義理とお義理はたしかにちがう。
 
しかし新婚生活には、またたくまに狂気が忍び寄ってくる。
「電話のベルが鳴って、私があわててスリッパを履かずに廊下の電話機のほうへ走って行ったりすると、居間に戻る前に靴下を取り替えるように言われる。廊下の付喪神が私の足裏に付いてしまったというのだ。『あなたが歩いて汚したところを二時間かけてぜんぶ拭きなおさなければならない』と言われて、『ごめんね』と私が言うと、涙ぐんだ。」
 
これはもう、どうしようもないことだ。「赤目四十八瀧心中未遂」の、完成するかしないかわからない、途上なのだから。

「結婚して二年と四ヵ月だった。この結婚は呪われたものになった。」
でも別れることは、妻も夫も、絶対に口にはしなかった。

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