燃やしてくれといったけど――『あの頃――単行本未収録エッセイ集』(2)

筑摩書房の創業者、古田晁の話もある。僕は、大学を出て最初に入った会社が、筑摩書房だった。そこは入社して、三か月で潰れた。出版社は浮草家業で、だからまあ、そんなこともあるだろうなあ、と僕は思っていた。

古田さんは、倒産の五年くらい前に、亡くなっていたと思う。
「本郷台町」と題する一篇は、その古田さんを活写する。

「昼間立寄られる古田さんは、極度の羞ずかしがりで、こわれかかった古い籐椅子に大きな体を縮めて坐り、大きな眼や耳のついた大きな顔をうつむき加減にして、お茶をすすっておられるのだが、夜になって酒気を帯び、再び現われる古田さんは、冨山房裏の年中青みどろ色の水溜りがある路地を、風を起すような大股で歩いてきて、ドアを蹴破らんばかりの勢であけ、『お嬢さん、ビール‼ カストリ‼』と叫ぶのだった。」
 
古田さんのいろんなところでの魅力は、それこそいろんな人が書くものだから、一度も行きあったことのない僕でも、なんだか目に浮かぶような気がする。

「閉店後灯りの消えたRにやってきた古田さんが、二階の窓から踏み込もうと、裏口の板壁をよじ上り、二階のガラス窓から転がりこんだところ、見当が外れて、そこは同じ造作の長屋である隣りの二階だったから、寝ていたお婆さんに大へん怒られて逃げ帰るという晩などもあった。」

どうして、今と違って、そういうことができたのだろう。いや、もちろん、そんなことが、許されるわけはないのだが。でも、古田晁だと、そういうことが、苦笑いして済まされるような気がする。

「古田さんは突然烈しく泣きだされる。そんなとき、私たちはこの大きな人の号泣が納まるまで粛然とした気持になって待っているのだった。」
 
つまりは、そういうことだ。あんなこともあり、こんなこともあり、それらをひっくるめて、古田晁という人なのだ。
 
それからまた、武田百合子は赤坂に住んでいたことがあるので、俳優にもよく会った。あるとき、天知茂と行きあったことがある。

「凶悪シリーズというのがあったなあ。徹頭徹尾ワンパターンで、そこがまたよくて『Gメン75』の水色Yシャツ刑事のワンパターンぶりとちがうのである。しまいにいい加減な題になってきて、『凶悪の母』なんていう簡単なのもあった。『凶悪の望郷』あれが一番メチャクチャな題でびっくりした。あれには、片岡千恵蔵が、過去に影があるマドロス(?)風の老人になって出てきて、多羅尾坂内とジャン・ギャバンを一緒くたにしたような力演をしたっけ。」

「多羅尾坂内とジャン・ギャバンを一緒くたにしたような力演」というのが、なんとも言えずおかしい。そして、どこまでも筆が伸びていって、気持ちがいい。

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