着想はいいが――『コンビニ人間』

「しんせかい」以来、芥川賞づいてしまい、『コンビニ人間』も読んでみた。これは割とじわじわ来て、50万部を超えたというから、期待して読んだ。
 
結論から言うと、たいしたことはない。
主人公の女はアスペルガーである。それが成長するにつれて、どうなるかと思って読んでいたのだが、着想どまりだった。
 
たとえば、冒頭のあたりで、こういうところがある。
「小学校に入ったばかりの時、体育の時間、男子が取っ組み合いのけんかをして騒ぎになったことがあった。
『誰か先生呼んできて!』
『誰か止めて!』
 悲鳴があがり、そうか、止めるのか、と思った私は、そばにあった用具入れをあけ、中にあったスコップを取り出して暴れる男子のところに走って行き、その顔を殴った。」
 
こういう女の子が、どういう半生を辿ることになるのか。ひょっとすると、殺人まで犯すことになるのかどうか。誰でも、そういうことの想像までは行くだろう。
 
しかしその想像は、はるか手前のところでストップしてしまう。
「『いらっしゃいませ!』
 私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。
 そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。」

開始20ページでこれだから、いやが上にも期待は高まる。
しかし終わりまで行っても、そこから一歩も出ることはない。

山下澄人の「しんせかい」といい、村田沙耶香の『コンビニ人間』といい、こんな片隅で、ちょっと外れた人間を描くばかりで、いいんかね。ほんとうにテレビと同じで、まともな人からは、相手にされなくなるよ。
 
そういえば、老健久我山のデイケアで会うKさんが、『コンビニ人間』は、あれはああいうもので、ちょっといいところもあるけど、でもああいう具合でしょう。昔は芥川賞も、該当作なしというのがあったけど、今は不況だから、とにかく何でもやらなければならない、と痛烈なことを言っていた。

(『コンビニ人間』
村田沙耶香、文藝春秋、2016年7月30日初刷、2017年2月10日第15刷)

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